上がってんの?下がってんの?

24日に紹介したGreat Gatsby curveを巡って、タイラー・コーエンとジョン・クイギン(+クルーグマン&デロング)が衝突している。


具体的には、コーエンの1/18エントリをジョン・クイギンがくさし、それをデロングクルーグマン邦訳)が支持した。


コーエンのエントリでは、格差と社会階層の固定化との関係について7つの論点を考察したのだが、クイギンらはそれを右派による現状の格差の擁護と受け止め、攻撃した、という格好になっている。それに対しコーエンは1/26エントリの追記で不快感を露にしているが*1、確かに論点を挙げたこと自体をためにする議論として攻撃したのは少し行き過ぎのような気もする。それはともかくとして、コーエンの挙げた7つの論点とそれに対するクイギンの批判は以下の通り(付番された箇条書きがコーエンの論点で、それに対するインデントつきの段落がクイギンの批判)。

  1. もし全般的に生活水準が向上しているならば(その点について米国に問題があることはコーエン自身が真っ先に認めるが)、階層間移動の容易性[mobility;以下、移動性]の問題は時が解決する。それよりは、もし本当に成長の鈍化が起きているならば、その鈍化に重点を置くことが有用。非富裕層の所得成長を見ることが、すべての移動性の指標を見ることよりも役に立つ。
    • あるいはそうかもしれないが、しかしコーエンが認めているように、実証結果は既に出ている。家計所得の中位値は10年間低下しており、貧困率は上がっている。過去40年、非富裕層の家計所得の伸びは富裕層に比べかなり弱々しく、かつ、戦後の一時期よりもかなり低い。こうした事実を指摘すると、米国システムの擁護者たちは、経済的移動性が高いので問題無い、と主張してきたことをコーエンは知っているはず*2ポール・ライアンなどは未だにそう主張している。
       
  2. Scott Winshipが示したように、米国で測定された移動性はそれほど低下しているようには思われない。
    • ある時期以降は低下した統計的証拠を示すのは確かに難しい。しかし、過去の一時期に米国の移動性は欧州よりも高く、現在は逆になっていることは実証的に明らか。従って、Winshipのような主張は、結局、否定的な結果を得る期間をピックアップしただけ、ということになる。また、たとえばこちらの研究では「高所得者の地位の継承は著しく増大した」ことを示しているのに、「低所得者の地位の継承は安定的である」という部分だけを報告するというように、Winship記事でのまとめには問題がある。
       
  3. 全体の所得水準を所与とすると、誰かが上に上がれば誰かが下に下がらざるを得ない。もし賃金の硬直性の理論を真剣に受け止めるならば、他の条件が等しい限り、移動性は少ない方が好ましいということになる。というのは、習慣形成や参照基準点効果からすると、相対的に上下の移動が大きくなると総体的な幸福度は低下するはずだからだ。
    • これは所得の再分配に反対する古くからの議論であるが(確かベンサムもそのようなことを言っていた)、世代間の移動性についてまで適用されるというのは驚き。幼少期に養われた高級品志向というものも、無くしてしまうには大いなる苦痛が伴う、ということか。
       
  4. 欧州各国における移動性が高いことに関する一つの説明は、民族や人口動態の話を脇に置いておくと、賢い人々の多くが野心に欠け、享楽的な生き方を好むことにある。そのため、そのような家庭に生まれた同程度の知力の持ち主の子供でも、より野心的な子供がより上位の所得階層に上がっていく、という現象が起きる(より怠け者の子供については逆のことが起きる)。一方、米国の賢い人々は、この国が高所得者向きに出来上がっていることを弁えているため、足るを知るといった生き方をする人は少ない。時として「世代間の移動性の高さ」は「親世代の多くが実力に見合うほど出世しなかった」と同義語である。
    • 次項の遺伝の話と同工異曲。「米国の賢い人々は、この国が高所得者向きに出来上がっていることを弁えている」という記述だけがこの項の特色。
       
  5. 移動性の低さを問題にする際、能力の遺伝という要因がどの程度それに寄与しているのという分析が不十分ではないか。
    • 遺伝的な要因の寄与を前提とした上で、米国がより実力主義になったため移動性が低下した、ということを示唆しているが、何ら証拠を伴っていない。実際には、有名大学に入るには階級が以前よりも重視されるようになったというように、むしろ逆の証拠が積み上がっている。
       
  6. 移動性の低い社会が安定性や政治的決定の面でより悪い社会だ、といった議論よりはもっと深みのある議論を聞きたい。
    • その点で確固とした統計的分析が蓄積されていないのは同意。ただし、「米国は機会の国」といった政治的スローガンは山ほど蓄積されている。
       
  7. 移民が移り住む前の所得も考慮した指標を作成するべきではないか。デンマークは移民をあまり受け入れていないので、そうした指標ではあまり上方への移動性が高くなくなるだろう。スウェーデンアングロサクソン各国では移動性が高い、ということになるのではないか。
    • 一真剣な論考に値する項。しかし、これまでの議論によれば、移民を考慮してもあまり結果が変わらないことが判明している。また、米国については、不法移民が多く、しかもその多く(ほとんど?)がいずれ母国に帰還する、という問題もある。

*1:ちなみにその1/26エントリでコーエンは、多くの所得階層での所得の伸びの低下と、超高所得者の金融収益の過剰なまでの高さこそが問題だ、として格差問題の問題点を2点に集約している。

*2:この点についてはマット・イグレシアスも指摘している。なお、コーエンは1/26エントリの追記でイグレシアスのことを、左派ながら党派的な議論をしていない、として称賛し、クイギン&クルーグマン&デロングは彼の(もしくは彼の高校を出ていない父親の)爪の垢を煎じて飲むべし、と書いている。