在宅勤務技術の恩恵による勝者と敗者

というNBER論文が上がっているungated版とスライド資料へのリンクがある著者の一人のページ)。原題は「Winners and Losers from the Work-from-Home Technology Boon」で、著者はMorris A. Davis(ラトガーズ大)、Andra C. Ghent(ユタ大)、Jesse M. Gregory(ウィスコンシン大マディソン校)。
以下はその要旨。

We model how an increase in Work-from-Home (WFH) productivity differentially affects workers using a framework in which some workers cannot work offsite, some are hybrid, and some are completely remote. The improvement in WFH productivity increases housing demand and thus housing prices since housing is inelastically supplied. Because workers in non-telecommutable occupations must consume housing but their total factor productivity does not increase, the rise in house prices reduces their welfare. The welfare decline is equivalent to 1-9% of consumption, depending on how substitutable WFH is with onsite work, and it arises despite measured income of all workers increasing.
(拙訳)
我々は、職場以外で働けない労働者、ハイブリッド勤務の労働者、完全にリモートの労働者がいる枠組みを用いて、在宅勤務の生産性の向上がどのように労働者に相異なる影響を与えるかをモデル化した。在宅勤務の生産性の向上は住宅需要を増やし、それによって住宅価格も引き上げる。これは、住宅供給が非弾力的であるためである。リモート勤務ができない職に就いている労働者も住宅を消費しなければならないが、全要素生産性は増えないため、住宅価格の上昇によって厚生が低下する。厚生の低下は消費の1ー9%に相当し、在宅勤務を職場での労働がどの程度代替可能かに依存する。また、全労働者の計測される所得が増えるにもかかわらず、そうした低下は生じる。

ベンチマークのカリブレーションでは、在宅勤務できない労働者の長期的な厚生の低下は非住宅消費の4%に相当するとの由。厚生が最も増えるのは高学歴(高技能)のフルリモートの労働者で、21%増加する(下図)。

以下の図の通り、いずれの労働者も長短期で所得と非住宅消費は増えるものの、住宅価格の上昇により住宅消費は減る。論文では非リモートワーカーが敗者であることを強調しているが、この図を見る限り、住宅消費の減少を考慮すると、高技能のリモートワーカー以外、IT業界の労働者も含めた全員が敗者になっているように見える。なお、リモートワーカーは非住宅消費の増加の方が所得増加よりも大きいが、これは通勤費の軽減によるもの、との由。

職場での労働で在宅勤務を代替できるほど非リモートワーカーの厚生の低下は小さくなる。2019年から2022年に掛けて在宅勤務は4倍に増えたが、ベンチマークのカリブレーションよりも代替性が高い場合、在宅勤務を4倍にするのに必要なTFPの上昇は30-35%にとどまるとのことである。逆に職場での労働と在宅勤務がより相補的だと、必要なTFPの上昇は大きくなる*1
その結果、代替性が高いとタイプ4労働者(低技能の非在宅勤務労働者)の厚生損失は1%に留まるが、代替性が低いと(より相補的だと)9%になる(下図)。

*1:実際の数字は、代替の弾力性(EOS)がベンチマークに用いた中央値では0.72で、その時のタイプ1労働者(高技能のフルリモート労働者)の生産性の増加は82.6%、タイプ2労働者(低技能のフルリモート労働者)の生産性の増加は48.3%。EOSが95パーセンタイルの0.89の場合、タイプ1労働者の生産性の増加は35.0%、タイプ2労働者の生産性の増加は31.2%。EOSが5パーセンタイルの0.55の場合、タイプ1労働者の生産性の増加は281.9%、タイプ2労働者の生産性の増加は77.2%。