在宅勤務のメリット

スタンフォード大のNick Bloomは在宅勤務について精力的に研究を行っているが*1、9/29付けのThe Hill記事で在宅勤務のメリットについてまとめている(H/T アレックス・タバロック)。以下はその概要。

  • ハイブリッド勤務からは小幅なプラスの生産性の利得が得られる。通勤時間の節約は、オフィスにいる日が少なくなることによるコミュニケーションの低下を補って余りある。
  • 一方、フルリモートは通常、生産性に小幅のマイナスの影響を与える。指導、イノベーション、企業文化構築の問題があるからである。だが、これは適切な管理で逆転できると思われる。リモートのチームを運営するのは難しいが、上手くできれば良いパフォーマンスが得られる。
  • なお、企業は生産性よりも利益を気にするが、在宅勤務は経費を大幅に減らす。被雇用者は在宅勤務に価値を置くので、人材の採用と維持のコストが減少する。フルリモートの会社はオフィスのコストを減らすほか、国全体ないし国際的な雇用により賃金も減らせる。これは資本主義の勝利と言ってよく、利益の上昇を見込んで在宅勤務は5倍に増えた*2
  • 在宅勤務に関するミクロ経済学研究の代表的なものは、ブルーム自身が関わった2010-2012年の「スタンフォード研究」で、そこでは大手多国籍企業の250人の被雇用者を在宅勤務する者と出社する者にランダムに振り分けた。在宅勤務者はさぼって眠ったりTVを見たりすると予想していたので、生産性が13%上昇したことに驚いた。
  • 生産性上昇の源泉は、一日の勤務時間(分数)が9%増えたことと、一分当たりの生産が4%増えたこと。前者については、遅刻を滅多にしなくなり、同僚とのお喋りの時間が減り、昼休みの時間と病欠日数が減った。後者については、家の方が静かであると報告された。多くの人にとって、オフィスは集中するのにうるさ過ぎた。
  • コロナ禍前の他の研究も同様の結果を見い出した。例えばRaj Choudharyは米特許局の職員が在宅勤務の柔軟化により4%の生産性の利得を得たことを見い出した
  • より最近では、多くの研究がコロナ禍期間中のフルリモートへの移行の影響を調べた。Natalia EmanuelとEmma Harringtonの研究やMichael Gibbsらの研究では、生産性に大きなマイナスの影響を見い出した。直近では、David Atkinらが在宅勤務による18%という驚くべき生産性低下を見い出した*3
  • これら最近の研究は、在宅勤務による生産性コストに焦点を当てている。だがそれらの研究は、良きマネージメントの重要性も示している。コロナ禍で急速に在宅勤務を採用した企業は、企画、体制、および管理のプロセスを欠いていた。リモートのチームがオフィスベースでオフィスで訓練されたマネージャーに率いられていて、そうしたマネージャーは支援や体制をほとんど提供しなかった。リモートワークはオフィスワークと違うので、それを支援するマネージャー、ソフトウエア、ハードウエアが必要なのである。
  • 原因候補としては、財政金融政策の拡大、技術とコンピュータ化の進展が考えられる。しかし政府活動の拡大は通常は生産性成長の上昇ではなく低下と結び付いており、コロナ禍期に技術進歩の加速は見られなかった。では、コロナ禍期の在宅勤務が5倍に増え、何百万という出張がズーム会議に置き換えられ、障害を持つ米国人や子供の面倒を見なくてはならない米国人の参入で労働供給が増加し、何百万平方フィートものオフィススペースが節約されたことにより生産性が上昇したのか? 正直、因果関係について言うのは難しい。だが、時系列的にそうしたことが生じて、コロナ禍前の生産性の低下傾向*4が反転したということは言える。
  • おそらく最も説得力のあるデータは市場だろう。経済学者は、企業が効率性、利益、成長を増やそうとするものだと考えている。個々の企業や経営者は間違いを犯すが、世界の何百万という企業がハイブリッド勤務や在宅勤務を採用している時には、何かあると考えるべき。過去3年に何百もの経営者や企業の人々と話をしてきたが、在宅勤務を人材の採用や維持の戦略において鍵として用いているという話を繰り返し耳にした。実際、1600人の被雇用者について実施した最近の実験では、ハイブリッド勤務によって被雇用者の離職率が35%減少した*5
  • 在宅勤務の話は、著名な経営者のアネクドートや物語から、データと研究に移行する必要がある。何百万という被雇用者や企業に影響する決定に関わる話なので、より良い裏付けが必要。データと研究が示すところによれば、上手くマネージされた在宅勤務は生産性を上昇・維持すると同時に、費用を削減して利益を増やす。被雇用者を幸せにし、通勤による何十億マイルもの走行を削減して公害を減らし、家族の世話や障害を抱える何百万もの被雇用者が働くのを支援することを考えれば、嫌う道理が無い。

ノア・スミス「働く女性たちの物語にノーベル経済学賞」(2023年10月12日)|経済学101」でノアピニオン氏も「ゴールディンの研究から導かれるいちばんの利点は,リモートワークはさらなる恩恵になる・・・男女平等を改善する必要がある国々は――君たちのことだぞ,日本と韓国!――リモートワークを後押しする試みをすべきだ」と述べているが、在宅勤務の帰趨は今後の日本の生産性の行方を占う上で一つの鍵となるのかもしれない。

*1:本ブログで紹介したものとしては「ハイブリッド在宅勤務の成果 - himaginary’s diary」、「在宅勤務時の節約時間 - himaginary’s diary」、「仕事、会社、空間を横断して見た在宅勤務 - himaginary’s diary」、「在宅勤務の展開 - himaginary’s diary」。

*2:ここでブルームがリンクしている論文は「在宅勤務の展開 - himaginary’s diary」で紹介した論文の今年7月版と思われるが、直近の論文では4倍と記されている。

*3:cf. 在宅勤務、労働者の振り分けと展開 - himaginary’s diary

*4:ここでリンクされている論文は以前「アイディアは発見が難しくなっているのか? - himaginary’s diary」でDietrich Vollrathの解説経由で紹介したことがある。

*5:cf. ハイブリッド在宅勤務の成果 - himaginary’s diary