アイディアは発見が難しくなっているのか?

Dietrich Vollrathが、Nick Bloom、Chad Jones、John van Reenen、Michael Webbの論文「Are Ideas Getting Harder to Find?」の概要を紹介し、以下の式を示している。

  \frac{\dot{I}_t}{I_t} = \alpha_t S_t

ここで左辺はアイディアの成長率、右辺のSは研究に費やされる労力(ここでは研究開発費を高技能労働者の名目賃金で割って求めた実効研究者数)、αは「アイディアのTFP」である。論文によれば、人口の増大に伴ってSは増え続けているのに、アイディアの成長率は下がっているという。それはαが低下しているためである、というのがこの式から導かれる結論である。例えば経済のTFP成長率を左辺のアイディアの成長率としてαを求めると(この場合αは「TFPTFP」となる)、αは1930年の1/64になっているという。一方、Sは32倍になっているので、TFP成長率は当時の半分になった、という関係がこの式から導かれる。
だが、アイディアの成長率を経済全体のTFPで測ってしまうと、業界別などのミクロの要因が見えてこない。もし業界の数が増えて研究者層が薄く広く伸びていた場合、アイディアのTFPが落ちたのではなく個々の業界の研究者数が減少したためにアイディアの成長率が落ちたのかもしれない。ただその場合でも、マクロ的にはアイディアのTFPが低下したように見えてしまう。
そこで論文では、左辺の成長率を様々な業界別の指標に変えてαを計測している。例えばムーアの法則で有名な半導体の集積度をアイディアの成長率とした場合、年率35%でほぼ一定だったという。一方、インテルAMDなどの半導体関連の研究者は1970年以降に約80倍になったとのことである。すると、αは年率10%で低下していたことになる。他の例については、穀物収穫量を左辺に取った場合はαは年率3-9%の低下(ただし綿は僅かに上昇)、薬では現在は1970年の1/4(=年率3%の低下)、企業規模では年率8-15%の低下、という結果が得られたとの由。


それに対しVollrathは、「半内生的成長理論」のChad Jones*1と共著した教科書*2を基に、上式を以下のように変形している。
  \frac{\dot{I}_t}{I_t} = \frac{\alpha}{I_t^{\beta}} S_t
この式では、アイディアのTFPは、αとIのβ乗の比になっている。もしβ=0ならば、アイディアの水準はアイディアのTFPに影響せず、アイディアのTFPは定常値となる。それが元のローマーモデルであったが、Jonesはそれが非常にナイフエッジな条件であり、そう仮定する理由は無い、と主張した。β>0の場合、アイディアの水準が上昇するとアイディアのTFPは低下する。その場合、nを人口増加率(=研究者増加率)として、アイディアの成長率=n/βの場合に同成長率は一定となる。
この式を基にVollrathは、アイディアのTFPの低下は自然なことである可能性が高く、悲観的になる必要はない、という見解を述べている。その上で、アイディアないし経済のTFPの成長率の低下要因として、以下を挙げている。

  • 研究者人口の母集団である先進国における人口成長率の低下
    • それに対する反論としては、中印の伸長を挙げることができる
    • それに対する再反論としては、高齢化の問題を挙げることができる
  • 研究者比率の低下
    • データ上は研究開発に従事する労働者の比率は上昇しているので、これはデータからは支持されない
  • αの外生的な要因による低下
    • 一時的な要因ならば、アイディアの成長率はいずれは元に戻るはず
    • ただし、外生的な要因がランダムというならばこの理論自体が無意味になってしまう

最後にVollrathは、半内生的成長理論が間違いである可能性も検討している。代替理論としては、アイディアの成長には政策が関与しており、政策が一貫して劣化してきた、というものが考えられる。だがVollrathは、研究者数が増加を続けてきたことや、税金が研究開発に注ぐ資源に影響したとしても研究開発の質に影響するとは考えにくいとして、その代替理論を退けている。