以前、ディーン・ベーカーの中国の高齢化問題に関する試算が楽観的過ぎるのではないか、という批判を書いたことがあったが、彼は今度は日本の高齢化に関する簡単な試算を行なって、正月のNYT記事の悲観論を批判している。だが、その計算が正しいように思われないので、以下に検証してみる。
NYT記事では、65歳以上の人口比率が2010年の25%から2050年には40%にまで上昇する、という政府予測の数字を紹介している。それに対しベーカーは、20歳以下の人口比率が20%から15%に低下する、という独自の予測を加えて、20-65歳人口と65歳以上人口の比が2.2から1.4に低下する、という見通しを示している。
しかし、ベーカーの計算の前提となる3つの年齢層の人口の百分率は下表の通りとなるので
年 | 20歳以下 | 20-65歳 | 65歳以上 |
---|---|---|---|
2010年 | 20 | 55 | 25 |
2050年 | 15 | 45 | 40 |
2010年の20-65歳人口対65歳以上の比が55/25=2.2は合っているとしても、2050年の同比は45/40=1.125となり、1.4より低くなる。これが第一の誤りである。
次にベーカーは、今後の日本の生産性上昇率を(過去15年間の米国の生産性上昇率が2%以上だったことを参考にして)年率1.5%と想定し、2050年には現在より生産性が80%上昇している、と予測している。そして、65歳以上の消費水準が現役世代の7割と仮定した上で、その80%のうち50%が65歳以上の生活水準向上に、残りの30%が現役世代の生活水準向上につながる、としている*1。
だが、この80%を50%と30%に分解した数式をベーカーは示していない。推測するに、現在は現役世代1人で1/2.2人の高齢者を支えているのに対し、2050年は現役世代1人で1/1.4人の高齢者を支えることになるので、高齢者の受益分が2.2÷1.4=1.57だけ増大すると想定したものと思われる。そして、80%を1と1.57に単純に比例配分したようである。
しかし、この考え方には以下の2つの欠点がある。
- 1.57だけ増大したのは現役世代一人当たりの高齢者の人数であるので、その人数増加を勘案して高齢者一人当たりの生活水準に割り戻さなくてはならない。
- そもそも増加分の80%だけではなく、全体の180%のパイの配分を考えなくてはならない。
そこで、まず、現時点の100の生産がどのように振り分けられるか考えてみる。ベーカーの想定通り高齢者の消費水準を現役の7割とすると、100を1と0.7/2.2に配分することになる。結果は、現役世代76、高齢世代24となる。
次に、2050年時点の180の生産がどのように振り分けられるか考えてみる。180を1と0.7/1.125に配分することになるので、現役世代111、高齢世代69となる。つまり、現役世代は(111/76-1)=46%だけ生活水準が向上したことになる。一方の高齢世代の生活水準の上昇率は、一人当たりへの換算を忘れずに行なえば、{(69/(1/1.125))/(24/(1/2.2))-1}=46%となり、現役世代と同じだけ上昇することになる。
結局、一般に2050年時点の現役世代と高齢者の比率をxとおけば、現役世代、高齢者共に
(180*x/(x+0.7))/(100*2.2/2.9) - 1
だけ生活水準が向上することになる。ここでxを横軸、生活水準上昇率を縦軸にグラフを描いてみると、以下のようになる。
xが現時点と同じ2.2を維持すれば、生産性上昇率80%をフルに生活水準上昇率として享受できる。しかし、xが低下するに連れてその値は下がっていき、x=1(現役世代と高齢世代が同じ人口)で半分の40%になってしまう。こうした生産性と生活水準の間に打ち込まれる楔という形で高齢化の影響を捉えてみると、ベーカーの楽観論を額面通り受け止めるのは難しいように思われる。
*1:ここでは20歳以下は現役世代の扶養家族として一体に考えられているようである。