所得効果などというものは存在しない

とWCIブログでNick Rowe書いている(原題は「Income Effects don't really exist」)。


ここでRoweが槍玉に挙げているのは、価格変化による総体的な所得効果の話である。例えばリンゴの値段が1ドル上がったら、買い手が1000人いるとして、売り手の所得は1000ドル上昇する。しかし、買い手側にしてみれば各人が1ドルずつ貧しくなるので、総体的に見れば所得効果は発生しない、というのがRoweの指摘である。従って、総体的に見た場合、効果として残るのは分配効果と代替効果だけである、とRoweは主張する*1


このRoweの説明は最近のAdam Pのブログエントリを見て思いついたとのことだが、当のAdam Pも(Roweに先を越されたとこぼしながらも)同様の解説エントリを書いている。そこで彼は、金利変化のマクロ経済への影響という、Roweよりはもう少し経済理論らしい例を取って説明を行なっている。具体的な彼の説明は以下の通り。

  • 金利が下がれば*2、代表的個人において、将来の消費より現在の消費を選好するという代替効果が働く。
  • しかし、将来の消費は、現在の所得の一部を貯蓄という形で割り当てたものである。それが減少するということは、逆所得効果が働いていることになる。
  • だが一方で、代表的企業は、金利低下により、将来の生産を増加させるための投資を行う。そして、その将来の生産の現在価値が高まったことによる所得効果を得る*3
  • ここで代表的個人は、生産資本をすべて所有している。従って代表的個人においては、上述の個人の逆所得効果と企業の所得効果が相殺し合い、最終的には所得効果が存在しないことになる。


なお、Adam Pは、このエントリにおいて、典型的個人と代表的個人の区別を強調している(原題は「The representative agent is an agent like no other.」)。彼によれば、代表的個人においては投資と貯蓄が一致し、消費と消費財生産が一致し、所得が消費と投資の合計に(政府部門を無視すれば)一致し、政府からの移転が税金に一致する、という。その反面、マクロ的な代表的個人ではない典型的個人は、現実には、貯蓄を減らして現在の消費を増やすという上述のマクロ経済理論に沿った行動は取らずに、貯蓄の一部を(投資を増加させる)企業の増資に振り向けるだろう、とのことである*4。それにより、個人は、実際に貯蓄を取り崩すことなく現在の消費の増加を謳歌できることになる。これは、結果としては、代表的個人と代表的企業の効用最大化から導かれるのと同じ状態である、と彼は言う*5


ちなみに、ここでは資産価格上昇による所得効果が消費者の逆所得効果と打ち消しあう、という一般均衡分析的な枠組みの中で所得効果の不在が主張されているが、Roweは自エントリのコメント欄でもっと単純な形で資産価格上昇による所得効果を否定している。即ち、リンゴの話と同じで、資産価格が上昇したということは、将来その資産を購入する人がその分貧しくなるということを意味するので、やはり所得効果(ないし資産効果)とは呼べない、とのことである。

*1:前述の通り、Roweはあくまでも価格変化による効果を論じているので、例えば遅霜によってリンゴが駄目になったことによるリンゴ農家の所得減少はここでは対象外である。

*2:ここでAdam Pは貿易の無い不完全雇用経済を仮定している。また、金利低下としては、予想インフレ率が上昇したにも関わらず中央銀行名目金利を据え置いた状況を想定している。

*3:Adam Pは明記していないが、通常の投資理論からすれば、将来の生産の現在価値と投資額が等しいところまで投資が行なわれる。なお、彼は、投資の増加⇒雇用の増加⇒消費の増加、という経路も強調している。

*4:それに対し、代表的個人は生産資本をすべて所有しているため、典型的個人のように貯蓄を現金から株式に振り替える、といったことができない。

*5:個人の選好に伴う貯蓄の減少が、企業の投資増加により(投資と貯蓄の恒等を通じて)相殺され、結局貯蓄は一定に保たれる。また、Adam Pは明記していないが、消費の増加は将来の金利収入の減少の代償であると考えられる(∵貯蓄が一定を保ったとしても金利低下により金利収入は減少する)。