Gauti B. Eggertssonとクルーグマンが流動性の罠における債務問題を扱った共同論文を発表し、話題になっている。クルーグマンがブログ(邦訳)やvoxeu(邦訳)で内容を紹介しているが、ブロゴスフィアでは既にNew Monetarist EconomicsのStephen WilliamsonとWCIブログのNick Roweが反応している。以下では両者の論文へのコメントを簡単にまとめてみる。
まずはWilliamsonのコメント。
- Bernanke and Gertler, Kiyotaki and Moore, Gertler and Kiyotakiを参考文献に挙げているが、以下の文献を無視している:
- Bruce Smithがそのキャリアを捧げた、信用市場の摩擦を貨幣の枠組みでモデル化した一連の研究
- Williamson自身のBernanke-Gertlerに先行した研究(1987年のJPE論文など)
- Kehoe and Levine (1993)やKocherlakota (1996)の債務制約の研究
- 標準的な不完備市場モデル(例:Aiyagari QJE 1993)を用いた破綻の研究(例)
- 貨幣と金融の摩擦に関する研究を主眼に置いているニューマネタリストの研究(cf. Williamson自身の論文)
- 以下の3点で不備が見られる:
- 債務制約を外生的に与えている。
- 債務制約が実質ベースであるにも関わらず、債務契約を天下りに名目ベースにしている。
- モデル分析において、不確実性の無い定常状態の周辺における線形化を行っているが、それは真の動学化とは言えない。
- リカードの中立性を無視している。債務者が債務不履行に陥るならば、納税も滞るはず。政府が優先的に債権を回収できない限り、リカードの中立性は成り立つ。実務上は確かに政府に優先権があるのかもしれないが、それをモデル化することが重要。
- これはプレスコットがチキンモデルと名付けた種類のモデルである。即ち、消費者がチキンが好きで、民間部門がチキンを生産できず、政府が生産できるならば、政府がチキンを生産するのが効率的、という議論である。
今の場合は、信用市場において政府が有利な地位を占めているから(∵将来の増税をコスト無しに実施できるので、借り入れ制約が実質的に緩和されている)、政府に借り入れをさせよ、ということになる。
その結果、大きな財政乗数がもたらされる。また、Woodfordがこの論文で示したような効果と関連付けるトリックが見られるが、その場合、基本的には金融政策が効果を生み出すことになる。
- 常日頃から指摘しているニューケインジアンモデルへの批判を付け加えるならば:
- 論文の改善すべき点を箇条書きにまとめると以下の通り:
- 伸縮的価格のケースをもっと追究すべき。まずは非貨幣経済から出発すべし。例えばAiyagariの不完備市場の基本モデルは、借り入れ制約をきつくすると実質金利が下がるという特性を持つと思われるが、動学の詳細についてはまだ分かっていない。ひょっとすると解を計算することさえできるかも知れない。
- 線形化は、完全な形で定式化された確率変動モデルについて行う必要がある。
- 外部ショックを債務上限に導入するのは説得的な手法とは言えない。金融危機の際に実際に生じる要因によってどのように信用市場の摩擦が増加するか、ということを理解することがポイント。
- デットデフレーションの部分が一番難しい。Bernanke-Gertler (1989)の初期のバージョンでもそれを試みたが、不成功に終わった。問題は、既存の最適契約モデルの最善のものが実質債務契約を扱っていることにある。
Roweもまた、借り入れ制約の上限が外生的に与えられる点に難色を示している。その内生化には以下の3つの経路が考えられるが、その場合、モデルの結果が変わり得る、と彼は指摘する。
- 人々や企業の借り入れ上限が所得に依存するとした場合:
- 不況によって現在および将来の所得が減少するならば、借り入れ制約が低下し、不況をさらに悪化させる、という借り入れ制約乗数が発生する。
- 人々や企業の借り入れ上限が金利に依存するとした場合:
- 金利の低下は債務の利払い負担を減少させ、借り入れ制約を緩和し、経済を不況から脱出しやすくする。
- 現在の減税は将来の増税を予想させるので、将来の予想可処分所得を減少させ、それが借り手の将来の返済能力を低下させることになり、借り入れ制約をきつくする、とした場合:
- 政府が貸し出しを増加させても、借り入れ制約がきつくなることによってその効果が相殺される、という形でリカードの中立性が保持され、財政政策は失敗する。
さらにRoweは、問題は貯蓄が投資を上回ったことではなく、貨幣という交換媒体に超過需要が生じたことにある、という擬似マネタリストとしての彼の持説、および、借り入れ制約がきつくなったのも皆FRBが悪いんや、というサムナー的主張を注釈として付け加えた後で、このEggertsson=Krugmanモデルでは金融政策の効きが他のニューケインジアンモデルよりも良いかもしれない、と述べている。というのは、借り入れ制約下に置かれた主体は限界支出性向が高くなることに加えて、借り入れ制約自体が独自の乗数を生み出す(=所得の増加による制約の緩和が追加の需要と所得を生み出す)から、とのことである。