少し前に安全資産への需要増大が自然利子率を低下させた、という議論を紹介したが、資産への需要増大が格差拡大によってもたらされる、という議論をAdrien Auclert(スタンフォード大)とMatthew Rognlie(ノースウエスタン大)が展開している。
2人は表題の共著論文(原題は「Inequality and Aggregate Demand」)をNBERに上げるとともに、Equitablogで解説記事を書いている(そこで論文のungated版にもリンクしている)。
以下は解説記事の概要。
- 格差拡大が懸念すべき理由の一つは、総需要経路と呼ばれることもあるマクロ経済への影響。富裕層は貧困層より貯蓄するため、所得格差が拡大するとより多くの所得が富裕層に回ることになり、全体の消費が抑えられ、総生産と雇用が低下することになる。
- しかしこれに対しては、貯蓄の増加は投資の増加となるので、資本ストックを増やして将来の生産を引き上げる、という逆の議論もある。
- どちらの効果が支配的となるかは、一般均衡の条件次第である。特に、金融政策が格差にどう反応するか、という前提次第である。
- これまで格差格差の影響を評価するのに使われてきた一般均衡モデルは概ね、米国のFRBは格差拡大に対応してすぐに金利を引き下げる、と仮定してきた。その場合、格差拡大は、FRBによる資本コスト引き下げを通じて投資を促し景気拡大につながるので、上の2番目の見方に立つことになる。今回の論文では、金融政策が格差拡大に対応する意思もしくは能力が限られている場合には、消費減少が雇用と所得を低下させて消費をさらに減少させ、投資も控えられてますます所得を低下させる、ということを示した。
- 著者たちのモデルは、個人の限界消費性向や貯蓄行動について知られている事実にうまく当てはまっている*1。このモデルで、金融政策が名目金利のゼロ下限に縛られて身動きできないという仮定の下で格差拡大の影響を調べたところ、GDPへの影響は資産需要への影響次第、という結果が得られた。
- 格差拡大が1年限り、および、格差拡大が永続的、という2種類のケースについて調べたところ、前者ではGDPへの負の影響は0.2%ポイント未満に過ぎなかった。これは、限界所得性向と所得との負の相関が小さいためである。その相関の小ささはモデルだけの話ではなく、データでも示されている。
- 格差拡大が永続的な場合は、生産水準も永続的に約2%ポイント低下する。これは、自分や子孫の所得のリスクとボラティリティが増大するため、予備的動機や所得の円滑化のために貯蓄を増やそうとして資産需要が永続的に大きく高まるからである。一般均衡では、資産の需給の均衡を取り戻すために雇用がかなり低下する必要がある。
- そうした悪影響は、財政政策と金融政策で緩和することができる。財政赤字で政府債務が増えれば、資産供給が増加することになる。また、1980年代以降の米国の金利低下は、部分的には格差拡大への反応だったと考えられる。モデルでは、格差拡大によって自然利子率が80ベーシスポイント押し下げられた。これは、Laubach=Williamsが1980年から2013年に掛けての低下幅として推計した4%ポイントの約1/5である。2008年に始まった金融危機後にFRBがゼロ下限近くまで金利を引き下げたのは、格差が一因になった、という見方もできる。
- クルーグマンとサマーズは、資本分配率の上昇が自然利子率を引き下げた、と論じた。しかし著者たちのモデルでは、資本分配率の上昇は、より多くの利益を資本化することを通じて家計が取引可能な資産供給を必ず増やす。従って、所得格差拡大による資産需要増加とは逆方向に働き、自然利子率を上昇させて生産を増加させる。即ちこのモデルでは彼らの主張は誤り、ということになる。