スティーブン・ローチの見たQEの5つの教訓

AEIセミナーでの昨日紹介したケビン・ウォーシュ(Kevin Warsh)の講演の後には、元モルスタアジア会長で現イェール大・シニアフェローのスティーブン・ローチが登壇している。ローチもウォーシュと同様、QEにやや懐疑的な立場を示しており*1、以下の5つの論点を挙げている。

  1. QEの効果
    • QE1は、雇用の最大化と物価の安定というFRBの二大使命に脅威をもたらす金融危機のさらなる悪化を食い止めたという点で成功だった。
    • しかし、QE2とQE3はQE1ほどの成功は収めなかった。この点でバーナンキに不同意で、ウォーシュに同意(ただしウォーシュはそこまで明言しなかったが)。
    • このことは、QEの効果が逓減的である可能性を提起している。FRBは危機時に上手く機能したことが危機後も同程度に機能する、という誤った仮定に立っていたと思われる。今になって、段々効き目が弱まるのも結構、などと言うのは歴史の書き換えではないか。
    • QEの成果の判定基準に関するバーナンキのコメントはやや意味不明で、自己弁護的に思われる。危機後の実質経済成長については人口動態と生産性を勘案すべき、というのは議論の余地がある。生産性の鈍化は危機の結果という面がある。過去9年の2%強というGDP成長率は、その前の長期循環における標準の半分程度であるが、その成長率低下は金融政策の埒外、というのには疑問の余地がある。
    • QE2とQE3が量的な側面においても価格的な側面においても十分な見返りが無かったのは明らかなように思われる。量的な側面について言えば、2008年9月からQE3終了時の2014年11月までにFRBのバランスシートはQEによって3.6兆ドル増えたが、同期間の名目GDPは2.9兆ドルしか増えなかった。価格面では、GHHW論文*2が、10年物国債利回りQEがそれほど影響を与えなかったことを示している。
  2. QEの中毒性
    • 経済的意思決定と、資産市場の下支えを狙った中銀のバランスシート政策との間に、中毒症状が生じた。以下の2点がその証左。
    • 前述の過剰流動性が株式市場と債券市場に回った。これが価格発見機能に与えた影響に関するウォーシュの指摘は極めて重要。
    • 危機後の実経済活動における資産効果の影響。失業と不況に苦しんだ米国の消費者は、資産効果をかつてないほど必要としたが、困難な時期に支えとなったそのライフラインは、引き揚げられる際に大いなる苦痛をもたらす。そのことは米経済の実物面だけでなく、資金が流れ込んだ海外経済にも当てはまる。2013年のテーパータントラム、および、最近のアルゼンチンやブラジルにおいてそれが顕在化した。
  3. QEによる格差拡大
    • これもウォーシュが指摘した通り。資産効果は富裕層のためのものということに鑑みれば、このことは明白。
  4. QEによる財政政策と金融政策の境界の曖昧化
    • これはバーナンキが暗に指摘した通り。
    • ゼロ金利環境下では米政府の巨額の負債負担もさほど問題にならないが、多額のデット・オーバーハングが積み上がっていることには要注意。タイミングを間違えた財政刺激策で状況はさらに悪化。
  5. そもそもQEを発動することになった責任?

*1:最近は中国経済を専門にしているが、ウォーシュの自己批判を聞いたら中国人も喜ぶだろう、という微妙なギャグを冒頭に飛ばしている。

*2:cf. ここ

*3:ただしローチはこの用語を用いていない。