テイラー「FRBの目標は一つで良い」

ロイターの日本語記事でも取り上げられているが*1、先月末にジョン・テイラーが、ポール・ライアン共和党下院議員と共同で、FRBの使命を物価安定一本に絞るよう訴える論説を書いているジョン・テイラーの12/1ブログエントリ経由)。

以下はその概略。

  • ワシントンの政策当局者は、経済繁栄の基礎を再構築することに精力を注ぐべきである。低率で公平な税制、合理的で予測可能な規制、節度と責任ある財政支出、健全で正直な金融は経済成長の持続と雇用創出には不可欠である。税金、財政支出、政府債務というワシントンの3点セットに対し、11月の選挙で有権者はノーを突きつけ、財政政策に規律を取り戻すよう求めた。金融政策もそれに沿ったものであらねばならない。
  • 約一世紀前に議会は、貨幣供給をコントロールする力を持ち、それによって物価を安定させる独立した中央銀行としてFRBを設立した。金融政策は、正しくも、税や財政支出政策とは隔離された。
  • しかし1970年代に、議会はFRBに2つの使命を課し、その独立性を危うくさせた。「物価の安定」維持に加えて「雇用の最大化」が加えられたのだ。この2つの使命は、FRBを経済や財政に関する白熱した政治論争の只中に放り込むことになった。
  • FRB量的緩和政策は、ルールベースの金融政策から裁量ベースの金融政策に移行しつつある最近のFRBの傾向の一環だ。こうした傾向のもたらす結果は明らかである。2002-2004年にFRBは、金利をルールが示すところより低い水準に長く据え置きすぎたため、住宅バブルの拡大を招いた。確かに2008年秋にはFRBはパニック防止に貢献したが、その後の市場介入は長期的に見て益より害の方が大きかった。
  • 昨年の量的緩和第一弾(QE1)は、経済の強化に寄与しなかった。失業率は高い水準に留まり、成長率は低迷を続けた。今回の量的緩和第二弾(QE2)が経済の強化に寄与する保証もやはり存在しない。むしろ、QE2は経済の不確実性を増すだろう。というのは、FRBがいつどのようにして前例の無いほど膨張したバランスシートを縮小させるべきか分かっていない、という合理的な疑念があるからだ。資産購入を賄うために創造された貨幣がタイミング良く予測可能な形で引き揚げられないならば、FRBは高インフレと貨幣価値の低下というリスクを冒すことになる*2。一方、あまりにも突然にこの計画からの出口戦略を実施しても、やはり経済に悪影響を与えるだろう。
  • そのようなリスクを冒す価値があると信ずる経済学者たちは、短期的な財政刺激策のために議会が支出した数兆ドルという額は不十分であり、今度はFRBがその代わりを務めるべきだ、と主張する。近年のワシントンではそうした「高糖質経済学」が流行りだが、量的緩和は経済繁栄の基礎からのさらなる逸脱を象徴するものであり、中央銀行のさらなる政治化を意味するものである。
  • QE1は信用配分のような財政政策の分野にFRBを巻き込んだ。本来、憲法上から言っても、それは議会が担当すべき分野だ。QE2はその傾向をさらに推し進めてしまう。計画されている長期債購入は、これから発行される連邦の負債のかなりの割合を占めるからだ。これは財政政策救済の試みのように映り、FRBの独立性に疑問を投げ掛けてしまう。
  • 以上の理由により、議会は連邦準備法を改正すべきだ。とりわけ、2つの任務を規定した箇所を修正すべきである。FRBの任務は、全体的な経済の安定という明確な枠組みの中での長期的な物価の安定、という単一目標だけで良い。そのような改正を実施しても、FRB流動性供給、最後の貸し手としての機能、金融危機ないし不況時の金利引き下げを妨げることは無い。
  • 物価安定に集中することが金融政策が力強い経済成長の裏付けとなるもっとも確実な方法であることは、過去の経験からも確かめられる。1980年代と1990年代の経済実績がスタグフレーションに苦しんだ1970年代よりも良かったのは、FRBがインフレ抑制という第一目標を疎かにしなかったことが寄与している。
  • FRBが積極的に介入することを主張する人々は、2つの任務のうち「雇用の最大化」を引き合いに出す。しかし、そうした介入はFRB当局者が矛盾した目標の中間の経路を取ることを余儀無くさせ、結果として低水準の雇用と高水準の金利という意図しない状況を作り出してしまう。FRBの介入は健全な財政政策の代替にはなり得ない。中央銀行はそうした責務から解放されるべきである。
  • 議会はまた、金融政策に関するFRBの戦略について、FRB議長が文書や議会の公聴会で報告し、説明責任を負うように連邦準備法を改正すべきである。それはかつては同法に盛り込まれていたが、2000年の改正で外された。それは強化された形で再導入されるべきである。
  • 具体的には、FRBは、物価安定の手段としての金融政策のルールを明示的に公表し、それに従うべきである。そうしたルールは、特に以下の特長を備えているべきである:
    • 単純明快であること。
    • 経済の変動に対する金利の反応が記述されていること。貨幣供給の成長を通じてどのようにそうした金利の反応を達成するかも記述されていること。
    • コアインフレ率を近視眼的に強調するのではなく、食糧やエネルギーも含む商品価格にも十分な注意を払うこと。
  • FRBが危機的状況下ではルールの戦略から逸脱できる裁量を持つべきだが、その逸脱の理由について直ちに議会と国民に報告しなくてはならない。
  • 経済の安定という枠組みの中での長期的な物価の安定目標を確立し、併せて明確な報告と説明責任の義務を課すことは、力強く持続する経済成長と雇用創出の金融面での基礎を形作るだろう。繁栄した米国の再建のためには、短期的な応急手当ではなく、力強い基礎が必要なのである。


裁量よりもルールを重視するこうした見方は、ここで紹介したNick Roweの見方と共通している。ただ、今回のような危機の対処においてどの程度ルールを貫くべきかは、見方が分かれるところだろう。テイラーのこのブログエントリでリンクされているジリアン・テットの記事では、アドホック――その場しのぎ、ないし臨機応変――という表現で今回の危機対処方法に対するテイラーの見解をまとめている。ただ、シーゲルの表現を借りるならば、経済危機というのは車の運転でコントロールを失った状態であり、そういった状況下ではハンドルやアクセルやブレーキをその場の判断に応じて操作するのは当然ではないか、という気もする。残念ながら、そうした危機下での状況対処方法がルール化されるほど我々は経験を積み重ねていないからである。


また、2000年代前半の低金利が住宅バブルの原因として批判されているが、これはテイラーだけでなく、ベックワースがかねてより唱えているほか、ここで紹介したように、ECBの研究者による実証報告もなされている。ただ、これがミスであるとしても、そうしたミスがこれほどの事態を招くというのは、金融政策が実はかなりシビアな状況に置かれていることの証左でもあるように思われる。再び車の運転に喩えるならば、広い公道をのんびりとドライブしているわけではなく、F1のモナコグランプリ並みのシビアな状況に置かれているということである。ちょっとしたブレーキの遅れ、ちょっとしたハンドル操作の誤りが忽ち大事故につながってしまう、というわけだ。このため、90年代にはセナ足並みの精妙な金利操作でマエストロと称えられたグリーンスパンも、最後に大クラッシュを起こしてしまった。
フェイルセーフの観点から言えば、そうしたミスがあっても金融システムの崩壊を招かないような仕組みが欲しいところではあるが、やはり残念ながらそのような仕組みは未だ存在していない。そうした中でもとにかくルールに従っていれば無問題、というテイラーの提言は、かつてのマネタリストのk%ルールと同じく、些か金融経済システムの安定性を過大評価しているのではないか、という気もする*3

*1:12/12追記:後で気付いたが、Mostly EconomicsのAmol Agrawalが12/3に「writing an op-ed on economics with a politician should be a strict no-no」と批判している

*2:最近のバーナンキのCBS60ミニッツでのインタビューの以下のやり取りは、期せずしてこうした見方への反論となっているように思われる。
Pelley: Can you act quickly enough to prevent inflation from getting out of control?
Bernanke: We could raise interest rates in 15 minutes if we have to. So, there really is no problem with raising rates, tightening monetary policy, slowing the economy, reducing inflation, at the appropriate time. Now, that time is not now.
Pelley: You have what degree of confidence in your ability to control this?
Bernanke: One hundred percent.
(拙訳)
ペリー記者:インフレが制御不能になる以前に素早く行動できますか?
バーナンキ:我々は必要とあらば15分で金利を引き上げることができる。つまり、適当なタイミングで金利を引き上げ、金融政策を引き締め、経済を減速させ、インフレを低下させることに何ら障害は無い、ということだ。ただ、今はその時では無い。
ペリー記者:そうした制御を実施する能力にどの程度自信がありますか?
バーナンキ:100%だ。

*3:前述のRoweは、インフレ目標によってそうした安定性が増すとしているが、それがいざと言う場合にどの程度のフェイルセーフになるかは未だ不明な点が多い。実際、Roweも、バブルと金融政策の関係についてまだ明確な答えは出せないことを認めている