金融財政政策の効果の測定

NBER Repoter誌の2015年第一号で、エミ・ナカムラ(Emi Nakamura)とJon Steinssonのコンビが、自らのNBER共著論文を振り返りつつ、金融財政政策の効果の実証的な測定について考察している(H/T Economist's View)。


そうした測定における困難は、経済学ではお馴染みの内生性にあるわけだが、その問題に対処するため、経済学者は、構造モデルや自然実験を用いた数々の手法を発展させてきた。特にこの10年は、両者ともに目覚ましい進展があったという。


マクロ経済学の中心的な考え方によれば、金融財政政策(やその他の需要ショック)がどの程度経済に影響するかは、物価の硬直性がどの程度なのか、ということに懸かっている。構造的手法を用いて物価の硬直性を測る上での近年における重要なイノベーションは、消費者、生産者、輸出入の各物価指数のバックデータとなる巨大なミクロのデータセットを利用したことにあった、とのことである(ナカムラ=ステインソンのサーベイNBER論文)。その点についてナカムラ=ステインソンは先駆者の一人であったという。
両人の2008年のQJE論文では、価格変化の相異なるタイプを識別したとの由。具体的には、価格変化の大きな割合を占めるのは一時的な特売であり、特売の後には価格は元の水準に戻ることが示された。現在の主流マクロモデルでは、価格改定の頻度が総物価水準のショックへの感応度を直接的に決定するが、一時的な特売はそうした考えにそぐわないことになる。
Kehoe=MidriganGuimaraes=Sheedyなど後続の研究では、特売は、一時的であるが故に、総物価水準を調整する効果が極めて乏しいことが説得力のある形で示されたとのことである。彼ら自身の研究では、特売はコストショックにあまり反応しないという実証結果が得られ、消費財メーカーの価格設定制度の特性から考えると、特売はかなり前もって決められた柔軟性の乏しい計画に従って実施されている、と論じたとの由。


物価の硬直性の研究で得られたもう一つの重要な結論は、価格調整が特定の部門に偏っている、ということである。例えばガソリンなどは四半期の間に何度も改定されるが、サービスなどは1年かそれ以上改定されることがない。彼らの研究によれば、価格の柔軟性がもっと均等に分散していれば、現在は反映が遅れる過去のショックも速やかに反映されるようになり、総物価ももっと柔軟に変化するはず、とのことである。また彼らは、貨幣の非中立性を分析する上では、中間財価格の柔軟性にも着目する必要があることを示したという。というのは、企業の投入財価格が調整されなければ、同財が上がり続けている場合に比べ、最終財価格を調整するインセンティブは小さくなるからである。


また、自然実験については、金融政策における内生性の問題に対処する形で、FOMC声明の30分後に実質金利がどのように反応するかを調べたの由。その結果によると、満期が数年までの名目および実質金利は、ほぼ同じだけ動いたという。従って、金融政策に関する声明が発表された後の名目金利の変化はほぼそのまま実質金利の変化に反映され、長期の期待インフレはあまり動かなかったことになる。さらに、この実証結果を用いて通常使われる金融景気循環モデルのパラメータを推計したところ(ただし良く使われる構造VARのインパルス反応関数ではなく、高頻度の識別戦略を用いたとの由)、大きな貨幣の非中立性が観測された。つまり、価格はマクロ経済の状態への反応が鈍く、金融政策は経済に大きな影響を及ぼし得ることになる、と彼らは言う。


もう一つの自然実験として財政政策に関する研究も報告しているが、それは本ブログで以前ここ(およびここの補足)で紹介した軍事支出を利用して地域別の財政乗数を計測したものである。国全体の財政乗数との関連について著者たちは、地域別にみた財政乗数は、ゼロ金利下限の制約下にある乗数に対応する、という考察を示している。というのは、国全体の財政支出の効果は、通常は金融引き締め政策によって減じられてしまうが、ゼロ金利下限の制約ではそうしたFRBによる減殺効果が働かないからである。一方、例えばカリフォルニアでの軍事支出がイリノイに比べて増加しても、FRBはカリフォルニアの金利だけを引き上げることはできないため、地域別の乗数にはそもそも金融政策による減殺効果が存在しない。


記事は以下のように結ばれている。

The evidence from our research on both fiscal and monetary policy suggests that demand shocks can have large effects on output. Models with price-adjustment frictions can explain such output effects, as well as (by design) the microeconomic evidence on price rigidity. Perhaps this evidence is still not conclusive, but it helps to narrow the field of plausible models. This new evidence will, we hope, help limit the scope of policy predictions of macroeconomic models that policymakers need to consider the next time they face a great challenge.
(拙訳)
財政および金融政策に関する我々の研究の実証結果は、需要ショックが生産に大きな影響を及ぼし得ることを示している。価格調整摩擦を持つモデル、ならびに(仕様により)価格の硬直性に関するミクロ経済的な実証結果は、そうした生産への影響を説明することができる。この実証結果は未だ決定的なものではないかもしれないが、説得力のあるモデルの範囲を狭める助けにはなる。この新たな実証結果が、政策当局者が次に大きな困難に直面した際に考慮すべきマクロ経済モデルの政策効果の予測の照準を絞るのに役立つことを期待したい。