ケインズは正しかった、と謳い上げたアナトール・カレツキーのロイターコラム「The takeaway from six years of economic troubles? Keynes was right.」(邦訳「危機後の金融・財政「実験」が告げる教訓=カレツキー氏」)に対し、Tony Yatesが、8つの事実誤認がある、とインディペンデントのサイトで指摘している(H/T Economist's View;ちなみにEconomist's Viewは少し前にカレツキー記事も取り上げている)。以下はその8項目。
- 財政政策だけが重要で、中銀のしていることは余興に過ぎない、と読者を説得しようとしていること
- 中銀は、危機前の一般的な金利水準だった5%から0%に急速に金利を引き下げ、その後に非伝統的な資産購入を行ってバランスシートを膨らませた。米国の場合、その額は4.5兆ドルに達した。
- 金融と財政のどちらの緩和策が欠けても、デフレスパイラルと金融の内破と社会経済の崩壊が起きていただろう。即ち、どちらも必要不可欠だった。
- 危機前のマクロ経済政策に一律に「マネタリズム」というレッテルを貼っていること
- 「マクロ経済の安定のみに責任を持つ中銀」を意味することを意図しているようだが、それは万人の認めるマネタリズムの定義ではない。
- 危機前には、反循環的な財政政策が明確に組み込まれていた――少なくとも、先進国における税や給付金や財政支出の制度設計を通じて「自動安定化装置」が働く限りにおいては。
- 非伝統的金融政策が重要でないと考えているようにみえること
- これまでの多くの研究はその考えに反する結果を出しており、FOMCのジョン・ウイリアムズはそうした結果を「6000億ドルの資産購入は10年物国債金利を15〜25ベーシスポイント引き下げたが、それはFF金利の3/4〜1%ポイントの引き下げに相当する」とまとめている。
- そのほか、BOEの融資促進のための資金調達スキーム(Funding for Lending Scheme=FLS)や特別流動性スキーム(Special Liquidity Scheme)、FRBのTARPやTALFといったより急進的な介入もあった。
- 不況時の民間需要の後退を補えるのは財政政策だけ、という奇妙なコメント
- 金融政策も金利引き下げや資産購入によって民間企業や消費者の支出増大や貯蓄削減を促すことができる。
- 財政政策が金融政策より重要であることを財政優位と呼んでいること
- しかも、それを恰もケインズが肯定するであろうものであるかのように描いている。
- しかし経済学での財政優位の定義は「既存の債務が物価上昇によって目減りしない限り、支出マイナス税が政府の債務不履行を意味するようにすること」である。これは政府がやろうとしたことでもなければ、ケインズが良いことと認めたであろうことでもない。
- 景気回復が軌道に乗ったら、時間軸政策によって中銀が行動不能に陥るという主張
- 時間軸政策を打ち出した当局者は、同政策はデータ次第である、と注意深く強調している。
- 時間軸政策に弱点があるとすれば操作の余地が大きすぎることであり、小さすぎることではない。
- 「予算政策のマクロ経済への影響に対する興味は驚くほど無かった」という記述
- 学界では乗数効果を論じた論文が数多くあり、メディアでは、紙媒体にせよソーシャルメディアにせよ、英国や米国やユーロ圏での緊縮財政ないしその停止の効果が果てしなく論じられている。
- 英米とユーロ圏のパフォーマンスの差を財政政策の重要性の証拠としたこと
- 大陸の財政政策の方がひどかったという点を争うつもりはないが、金融政策もひどかった。金利の引き下げは遅かったし、非伝統的な民間資産の購入は漸く始まったところ。長期国債の購入はECBや憲法裁判所でのドイツの反対で滞っている。