マクロ経済再考その3:進歩か混乱か?

ブランシャールが、4月15-16日に開かれた表題のIMFコンファレンス(原題は「Rethinking Macro Policy III: Progress or Confusion?」)で話し合われた内容を、IMFブログで10項目にまとめている

  1. ニューノーマル」は何か?
    • ブランシャール自身はニューノーマルも、適度な成長と正の均衡金利を備えたオールドノーマルと大して変わらないと暗黙裡に仮定していた。
    • ロゴフは、現在は「債務スーパーサイクル」の調整局面だと論じた。そのサイクルではデットオーバーハングが生じるが、それによって回復が減速し、需要を維持するために一定期間の低金利が必要となる。この観点では、時間を掛けてデットオーバーハングを無くせば、オールドノーマルに近い状態に戻る。
    • 一方サマーズは、デットオーバーハングの重要性は認めたものの、投資に対する慢性的な貯蓄過剰のため、経済を潜在水準に保つためには、極めて低い、ないし負の実質金利が必要になるかもしれない、という長期停滞論を論じた。彼は、実質金利の低下は危機の遥か以前に始まったこと、および、1年前のコンファレンスで彼が初めて長期停滞仮説を提示した以降も、長期金利がさらに下がったことを指摘した。もし彼が正しければ、ニューノーマルはオールドノーマルと違ったものとなる*1
    • IMFの研究などを基にしたブランシャール自身の考えは、ロゴフよりはサマーズに近い(ただし今後マイナス金利が必要かどうかまでは確信が持てない)。
  2. ニューノーマルがどうなるかは政策設計にとって大きな意味を持つ
    • サマーズが正しければ、ニューノーマルに対処するには、ゼロ金利下限の制約がある金融政策よりも、財政政策の方が適切、ということになる。
    • その点に関してデロングは、政府の借入金利が経済の成長率より低ければ、政府は債務水準を減らすのではなくむしろ増やして、生産的な投資を行うべき、という挑発的な結論を提示した。金利が成長率より低ければ、債務を返済しなくても債務GDP比率は低下し、債務は安全資産となる。
    • この議論には以下のような大きな課題がある:
      • 金利が成長率より低い状態が続く可能性
      • 安全資産への需要の決定要因
      • 金利が成長率より低いことは、動学的非効率性ないし何らかの歪みの表れではないか
      • 高水準の債務が、ロールオーバーの危機と突然の機能停止という複数均衡の可能性を高めるのではないか
  3. 金融のシステミックリスクを抑え込むことは可能か?
    • 金融規制について言えば、バーゼル3やドッド=フランクといった新たな規制によって銀行部門のリスクが減少したことはほぼ間違いないが、Anat Admatiらはその減少は十分には程遠い、と論じた。また、リスクの多くはシャドウバンキング部門に移転した、と論じる者もいた。
    • 議論は以下のような個別論に入っていった:
      • Viral Acharyaは、NYUのVlabにおける、主要銀行のシステミックリスクを測る手法の進展を報告した*2
      • ロバート・ルービンとPhilipp Hildenbrandは、シャドウバンキングという言葉で意味することがばらついている点を強調し、企業体よりは機能や活動に焦点を当てて規制することを提唱した。要は、満期の変換や流動性のミスマッチ、もしくはレバレッジを伴うならば、それは銀行活動であり、規制すべし、との由。
    • 規制の意図せざる効果ももう一つのテーマ。
      • Acharyaは、規制の際にリスクのウエイト付けを誤ったため、欧州の銀行システムのシステミックリスクは高過ぎるままとなっている、と論じた。
      • ルービンとJaime Caruanaは、規制の影響で従来型のマーケットメーカーの役割が減少し、市場流動性が低下した、と論じた。
  4. 金融政策は昔のやり方に戻るべきか?
    • 危機前には、先進国の中央銀行は、使命が一つ(インフレを低く安定的に保つ)か二つ(加えて経済を潜在水準で稼働させる)かの違いがあったにせよ、政策金利金利の期間構造を規定するという概ね共通の枠組みに収斂していた。
    • この枠組みを維持すべきか否かについて、バーナンキは肯定的だった。ゼロ金利下限を離れれば、危機の最中に導入された政策は次に必要になる時まで棚にしまいこむべき。主要政策ツールは再びFF金利になる。もしくは、もし中銀が拡大したバランスシートを維持し、銀行に超過準備を保持させたいのならば、FF金利とレポ金利と超過準備への付利の組み合わせになる。
    • バーナンキは、ニューノーマルにおける中銀のバランスシートの構成と規模という問題を提起した。それについてカバレロは、以下のように論じた:
      • 構成について:一部の論者の言うように安全資産が不足しているならば*3、中銀が実際にそうしたように、安全資産を大量に保有するのは意味が無いのではないか。中銀は他の資産を保有するようにして、安全資産は民間部門の手に委ねた方が良いのではないか。
      • 規模について:中銀が安全資産を供給し得る特別な地位にあるならば、そうすべきではないか。
    • この議論は始まったばかりであり、先進国ならびに新興国経済における安全資産への民間需要、および、それについて中銀が果たすべき役割、という深遠な問題を提起している。
    • 安全資産への需要の背景に関するカバレロのコメント:
      • もしマクロ経済の変動へのヘッジ需要が背景にあるならば、長期債の方が短期債より安全。状況が悪化した際に価格が上昇する(中銀が金利を引き下げる)ので。
      • もし担保価値が分かっている資産への需要が背景にあるならば、投資家は短期債を選好するだろう。
      • 前者の場合、中銀は短期債を保有して長期債を民間に任せるべき(オールドノーマル)。後者の場合はその逆。
  5. 政策ルール
    • セッションではテイラーとバーナンキが議論*4。テイラーが「金融政策の再正常化(renormalizing monetary policy)」を求めたのに対し、バーナンキは、我々が生活している複雑な世界では正しいルールも複雑なものとならざるを得ず、単純なルールを墨守することは反生産的、と反論。ブランシャールはバーナンキに同意。
  6. マクロプルーデンシャルルールか、金融規制か
    • Paul Tuckerは「マクロプルーデンシャルルール」を「システムの弾力性を維持するため、規制に関する動的に調整されるパラメータを選択すること」と定義した。ブランシャールの理解では、「マクロプルーデンシャルルール」と「金融規制」の主な違いは、「動的に調整される」か否かにある。
    • 「動的に調整される」ツールと、より厳しい金融規制の使い分け(例:可変な資本比率を用いるか、より高水準で一定の資本比率を用いるか)は重要な問題であるが、議論されなかった。ただし、Tuckerは、通常時の微調整ではなく「熱狂(exuberance)」に対処するためにマクロプルーデンシャルのツールを用いることを主張した。それについてルービンは、今が熱狂時か通常時かの判断は難しい、とコメントした。
    • 金融政策とマクロプルーデンシャルツールの相対的な役割も議論された。Shinは次のように論じた:
      • マクロ経済の観点からは、共に信用の需給に影響するものとして考えられる。
      • 金融の観点からは、金融政策は一般的なツールで、マクロプルーデンシャルは特別なツールとして考えられる。
    • スヴェンソンは、単純な費用便益分析からは金融政策は金融リスクに対処するには極めて貧弱なツールであることが示される、と論じた。リクスバンクの推計を用いたスウェーデン費用便益分析では、金利引き上げによる失業のコストは、将来の金融危機の発生確率と深刻さが減じることによって将来のマクロ経済が改善するであろうという便益を大きく上回った。ブランシャールは彼の議論は説得的だと受け止めた。
  7. 中央銀行は独立性を維持し続けるべきか?
    • Gill Marcusの講演に表れたように、コンファレンス全体を通じて、今般の危機で金融政策に課された負担の重さ、および中銀に対する政治的揺れ戻しの危険性について政策当局者がこぼしていた。危機が収まった後も、金融規制、金融監督、マクロプルーデンシャルツールの使用について中銀が以前より大きな責任――他の機関と分担するか否かの差はあるにせよ――を持つことは明らか。政策金利でさえ分配に影響を与えるが、ローン資産価値比率といった規制やマクロプルーデンシャルツールでは分配面の効果はより露わとなる。
    • 全般的なコンセンサスは、分配面の影響は無視できない、ということと、伝統的な金融政策については中銀は完全な独立性を保つべきだが、規制やマクロプルーデンシャルツールについてはその限りではない、ということ。
  8. 財政政策の設計に関してはさしたる進展なし
    • 財政政策をマクロ経済政策ツールとして用いることに対する従来の反対意見は、不況は長く続かないので、裁量的な財政手段の導入は遅くなりすぎる、というものだった。フェルドシュタインは、特に金融危機が絡む不況は長引くので、裁量的政策を使うべき、と論じた。また彼は、財政積極主義は、財政赤字ないし黒字の全体額の変更を必ずしも意味しない、とも論じた。投資減税を法人税増税で賄う、というように、財政の構成を変えることも財政積極主義になる、との由。
    • セッションの議長だったVitor Gasparの問い掛けにも関わらず、(Fiscal Monitor2015年4月号の第2章で提示された)自動安定化装置の仕様改善の可能性に関する議論は深まらなかった。個人的にはその方向の話が進まないことは驚き。今は各国政府が債務削減や財政再建の正しい速度に力点を置いているせいかもしれないが、そちらの方面でもあまり研究は進んでおらず、ましてや財政ルールの設計には手が及んでいない、という状況。
    • 財政ルールについてMarco Butiは、EUの過剰で複雑なルールは、EU委員会が各国政府に導入を強制できないことの表れ、とコメントした。
  9. キャピタルフローの複雑な影響
    • Helene Reyの最近のマンデル=フレミング講演とも共通するテーマとしてキャピタルフローが議論されたが、その影響は複雑、という認識が印象的だった。
    • グローバリゼーションと各国の総資産・総負債の増大は、フローの変化が極めて大きなものとなり得ることを意味している。このテーマの3人の講演者(Agustín Carstens、Maury Obstfeld、Luiz Pereira da Silva)と最後のパネルディスカッションのラジャンは、そうした変化の影響は為替相場の変化の影響を超える、と口を揃えて論じた。その影響は国内金融システムを良くする方向に働くこともあれば、悪くする方向に働くこともある。
    • その結論の意味するところは、自由放任政策は解決策にならない、ということ。その点で、この分野は10年前と現在では考え方が大きく変化した。
      • マクロプルーデンシャルツールが銀行システムへの悪しき影響を減らすのに役立つこと、為替介入が少なくとも為替相場を安定化させる上で有用なツールとなり得ること、については合意が見られ、Pereira da Silvaはそれらの点に関するブラジルにおける実用的な手法を論じた。
      • しかし、資本規制については合意が見られなかった。Carstensは、少なくともかなりの程度米国と統合されているメキシコにおいては、資本規制はコストが便益より大きいので避けるべき、と論じた。
        • ブランシャールは、資本規制はマクロプルーデンシャルツールと基本的に差はない、と考えている。いずれについても、事前と事後の両面において、投資家にとってのルールは明確でなくてはならない。
  10. 国際金融システムはどこまで改善できるか?
    • このテーマについてカバレロは、新興国の安全資産への需要に触れ、IMFや各国中銀による国際的な流動性の提供の推進を主張した。これはその目的に役立つのみならず、世界の安全資産の割合を高めることを通じて、前述の長期停滞の懸念を和らげる。
    • オブズフェルドは、完全な為替相場制度は無いが、管理フロートが多くの国にとって最善だろう、と論じた。
    • 他に2つの主要な議題があった。一つは、中銀の国内の責務を、金融政策が他国に大きな波及効果をもたらし国際経済を悪化させる可能性があることとどう整合させるか、という点。Jaime Caruanaは、金融政策を実施する国は、自らの利益のためにも「波及の戻り(spillbacks)」を考慮すべき、という考え方に基づき、「正しい自己利益(enlightened self interest)」を提唱した。だが、波及の戻りは限定的かもしれず、それを考慮に入れても、世界経済に取って最善の行動を促すとは限らない。その点については展開が見られなかった。
    • もう一つの議題は、それに関連した話として、波及効果の本質。この問題を正式に定式化すれば、各中銀が他の中銀の行動を所与として国内の責務を果たそうとした時のナッシュ均衡は、協調均衡に劣るか否か、ということ。Zeti Akhtar Azizは、波及効果への理解は乏しく、その理解を深めれば先進国や新興国の意見の不一致や摩擦は減らすことができるのではないか、と論じた。

エントリの最後でブランシャールは、コンファレンス前にブログで自分が提起した問題がすべて取り上げられたわけではなく、解決した問題もほとんど無いが、「進歩か混乱か」というコンファレンスのタイトルへの回答は「両方」ということになる、と述べている。進歩は否定できず、解決すべき問題の複雑さを考えれば混乱は不可避、との由。また、自分自身の論考としてこちらのvoxeu記事を紹介している。

*1:ロゴフとサマーズの考え方の対比は、昨日紹介したデロングの論説のテーマでもあった。

*2:cf. システミックリスク指標の最近のサーベイ論文

*3:バレロ自身の見解は例えばここでリンクしたvoxeu論説やここでリンクした論文を参照。

*4:この件に関するテイラーの見解は本ブログで最近何回か紹介してきた。例えばここ