間違いだらけのジョン・テイラー

2000年代前半のFRBの金融緩和の行き過ぎが住宅バブルを引き起こしたのか、という話の続き。ベックワースのリンクまとめから、今日はTony Yatesのジョン・テイラー批判を紹介してみる*1

Yatesは

I think he’s wrong on every point. And I doubt many at all in the mainstream macro profession, even the conservative strands of it, will agree with him.
(拙訳)
私は彼がすべての点で間違っていると思う。また、保守派も含めて主流派マクロ経済学者の中に彼に同意する人が多いとは思わない。

と述べた上で、以下の点を指摘している。

  1. 大平穏期の原因についての研究結果は割れている。明示的なマクロモデルにデータに当てはめた人々は、優れた政策を強調するきらいがある(とはいうものの、幸運が果たした役割の余地も大いに残されている)。不可知論者で実証マクロの伝統に棹差す人は、幸運を強調する。優れた政策を強調したとしても、テイラールールの遵守がその優れた政策であるという話には必ずしもならない。大平穏期の終焉前の時点でも、テイラールールの遵守によってマクロ経済の良好なパフォーマンスがもたらされたという彼の主張は非常に疑わしい。

  2. テイラールールが良い結果をもたらすのは、DSGEモデルの狭い範囲の種類に限られる。その範囲が真実を捉えるのに十分な範囲であるかについて、金融危機は疑問を投げ掛けた。とりわけ、金融部門を取り込んでいなかった点が問題。
    • 金融を取り込んだプロトタイプのDSGEモデルでは、中央銀行政策金利がスプレッドに反応するような修正を加えたルールが良い結果をもたらす。しかしそうしたモデルは金融部門の描写に当たってまだ初期段階にあるに過ぎず、最終形とはとても言えない。
    • テイラールールが良いことを示したモデルでは、ルールからの小さな逸脱は金融危機を引き起こさないが、それはそうしたモデルのほとんどが金融危機を発生させるようなものを一切組み込んでいないからである。ルールの恩恵が金融を持たないモデルから導出されているのに、どうして現実の金融危機がルールからの逸脱にあると言えるのか? その点は説明が必要だし、元のモデルの大幅な改変も必要となる。名目幻想や、リスクの誤解、学習、取り付け、といったものが改変の候補となろう。そうした改変を経たモデルで最適な金融政策がどうなるかは分からない。

  3. テイラールールが優れていることが示されたモデルでは、金融政策の影響は小さく、比較的短期間で終息する。大抵のマクロ経済学者にとって金融危機は、表向きは比較的安定していた20〜25年の中で醸成された深刻な現象である。そうした現象は、少なくてもテイラールールが優れているとされるモデルを通じて眺めた場合に、金融面での発生要因を持たない。逆に、もし金融政策が20年の長きに亘る影響を持つということならば、テイラールールの効果に関する我々の見解は修正されなければならない。

  4. テイラーは、危機後の経済活動の弱さのかなりの部分が不確実性の影響だとしている。しかしテイラールールが良いとされているモデルでは、不確実性の変化の影響は小さく、5-10%もの活動の低下をもたらす主因とはなりにくい。
    • もちろん、政策の不確実性の変化の影響が大きく、モデルが間違っている可能性もある。しかしその場合、そもそもテイラールールを評価するのに使ったモデル群を見直す必要が出てくる。
    • 量的緩和と財政刺激策が政策の不確実性を悪化させなかった、という説得力のある議論を立てることもできる。そうした政策は、ゼロ金利下限がなければ通常の金融政策が提供するはずだったが実際にはできなかった経済への刺激を提供した。FRBならびに財務省の政策行動と、高まったスプレッドの低下とが軌を一にしたことは、この見解の少なくとも有力な状況証拠となる。
    • 財政刺激策によって債務上限を巡る議会での左右の戦いが激化したため、他の条件が等しいという前提の下で需要を抑圧した、ということは言えるかもしれない。しかし、裁量的な刺激策が一切無かった場合に比べ、米経済は間違いなく良くなった(目標変数は目標に近付いた)。
    • もちろん、伝統的な金融政策を打つ余地が無くなったところに裁量的な財政による安定化策が出てくる、という点について確実性が存在するのが理想的な政策ではある。淡水学派の人々はそれに賛成しないが、しかしテイラールールが良いとされたモデル群からはそうした結論が導き出される。
      • テイラーは淡水学派が財政政策の有効性を棄却することに慰めを見い出すことはできない。淡水学派の見解によれば、物価は伸縮的であり、テイラーが望むような積極的な中央銀行の政策は良くて無関係なのだから。

  5. テイラーは、量的緩和も財政刺激策も排した金融引き締め政策を求めている。テイラールールが良いとされるモデル(粘着的価格付きの合理的期待モデル)では、そうしたやり方は、目標変数を現状より目標から遠ざけ、短期的には経済に緩やかながら損害を与える収縮効果を持つ。

  6. そもそもテイラールールが良いとされたモデルでは、ゼロ金利下限を無視していた。また、そうしたモデルでは、テイラールールの遵守によって経済が恒久的に名目金利のゼロ下限に囚われてしまう可能性も示されているが*2、その懸念にテイラーは応えていない。そうした罠が現実の可能性となった今、それは不幸なことである。

  7. 2000年代前半にFRBが過度に緩和的な金融政策を採ったかどうかについては議論の余地が極めて大きい*3バーナンキは議長の座にまだある時、FRBの実施した政策を支持する厳格かつ説得的な主張を行った。彼は、テイラールールのインフレ率を予測インフレ率に置き換えれば――そうすべき説得的な理由は存在する――FRBの政策は緩和的過ぎなかった、ということを指摘した。
    • 当時は金利が低すぎたため、FRBはデフレとゼロ金利下限について心配していた。
    • 彼らは遅すぎて弱すぎた日銀の金融政策、およびその帰結を目にしていて、その経験が繰り返されるのを防ぐためにやれることをやろうとしていた。

  8. テイラーの「金融政策が金融危機を引き起こした」という主張は、彼のルールが良いことを示した理論モデルに反しているだけでなく、識別された金融政策ショックの効果に関するベクトル自己回帰による実証結果についてのコンセンサスにも反している。自分の知る限り、金融政策ショックが金融部門に対して15年(2000-2015)に亘る大きな不安定化効果を持つことはない。

  9. FRBが金融政策ルールを宣言することを求める「FRBを監査せよ(#audittheFed)」ということの意味を問われてテイラーは、このルールは宗教的な遵守を求めるのではなく、指針の提供を意図しているのだ、と答えた。しかし、彼やその他の人々が中央銀行の行動を調べた研究においては、ルールから裁量的に逸脱することを決定する中央銀行、またそうすべきである中央銀行について何も語っていない。そうした逸脱が発生し、かつそれが必要と見做されるならば、それは、現実世界の動きが、テイラールールが上手く機能することが観測されたモデルとは異なるためである。その差は何か? ルールからの裁量的な逸脱を説明するモデルにおいて、その逸脱はどれほど重要なものなのか? これは細部の話かもしれないし、非常に重要な話かもしれない。もしそれが細部というならば、その理由を説明してほしい。

  10. テイラールールは偉大な理論であり、大平穏期をもたらした、というテイラーの主張は、裏付けが十分ではない研究に信を置いている。物価が伸縮的であるという淡水学派のマクロ経済観には個人的には同調しないが、粘着的価格のモデル化は表面的なものに留まり疑問の余地が残ることが多い、という同学派の見解には大いに賛成する。そうしたモデルが、FRBの手を縛る法制化を支持するのに十分な健全性を備えていないのは確かである。またテイラーは、金融政策ルールのモデル化における均衡の選択に関するジョン・コクランの難解だが奥深い論文によってそうした枠組みに投げ掛けられた疑問を無視している。テイラーやその他の人々が熱心に研究した均衡の背後にある物語は、コクランによればガラクタの集まりである。彼のこの見解は軽くあしらえるものではない。

  11. 理由は不明だが、テイラーは、金融や金融監督の問題を、金融危機の原因リストにおいて大した位置を占めることはないものとして扱っている。しかしこれが主因であったと信ずべき理由は数多くある。我々が馴染んでいるモデルでは、実体経済の周期の長い問題は、概ね実体経済の原因を有している、というのもそのうちの一つであり、これは軽視できない理由である。またテイラーは、この点について淡水学派の経済学者にも対処する必要がある。というのは、その多くが伸縮的な物価を信じている彼らは、金融政策を細部と見做しているからである。長い原因リストには以下のようなものが含まれ、金融政策に無関係なものが多い。
    • テイラーが言う本来の金利水準――これについても議論の余地が多い――を数十ベーシスポイント下回る水準に金利を維持したことが危機を引き起こした、という話を信ずべきか否か
    • サブプライム貸出への政治的動機に基づく補助金
    • 格付け会社サブプライム証券の適正な格付けをできなかった
    • 新たに積極的なホールセールからの調達モデルをビジネス化したリテール銀行を監督できなかったことと、甘い融資基準
    • 金融システム上の重要性――それはきちんと認識されていなかった――を抱えた投資銀行機能を監督できなかったこと
    • 危機が始まった際に、金融機関による叩き売りが金融システム全体に与える影響が内部で吸収しきれず、不安定性が惹起された
    • 資産担保証券の価値や、誰がどれだけのエクスポージャーを持っているか、といったことについてのナイトの不確実性
    • 新興国が貯蓄を「上流」に輸出した莫大な資金フローが、資産価格、資産価格モデル、規制の限界に与えた影響

*1:ここも参照。

*2:cf. ここ

*3:この点についてはベックワースがコメント欄で近著論文の主張を繰り返している。