債務はなぜ増えるのか Part I

昨日に引き続き、WCIブログのNick Roweのエントリをご紹介する。今度は、彼が債務が増加するメカニズムを考察した三連作を取り上げてみる。


本日紹介するのは、その第一回。ここで彼は、低金利が債務を増加させるという常識に挑戦している。

  • 「低金利が人々に借金して支出するインセンティブを与えるので、債務が増加する」というのが一般的な説明である。しかし、この説明は実は意味をなさない。
  • 債務というのは借り手と貸し手を必要とする。金利の低下は借り手の需要を増やすと同時に、貸し手の供給を減らす。一方、債務が増加するためには、貸し手と借り手の双方が増加しなくてはならない。
  • サムナーが論じたように*1、リンゴの価格低下と販売数量の間には明確な関係は存在しない。販売数量は、リンゴの価格低下が何によって引き起こされたかによって決まる。供給の増加が原因だった場合は、販売数量は増加する。需要の減少が原因だった場合は、販売数量は減少する。(計量経済学者はこれを「識別問題」と呼び、それ以外の人々は「何が価格を低下させたか」問題と呼ぶ)
  • リンゴが売買されるのは、人々が異なっているためである。すなわち、リンゴの生産能力、リンゴの消費欲求が人によって異なるためである。もし皆が同一だったら、自分で育てて自分で消費し、売買は発生しないだろう。
  • 債務も同じである。もし皆が同一だったら、誰も貸し借りをしたがらない金利が存在するだろう。その金利以下では、皆が借りようとし、その金利以上では皆が貸そうとする。どちらも均衡が存在しないので、結局、貸し借りというものが一切発生しないことになる。
  • 以上の考察から、Roweは債務の増加の説明として以下の5つの候補を提示する。
    1. 人々の貸し借りをしたいと思う欲求の差が大きくなった。その差の拡大により、実際の貸し借りのフローも増大した。
    2. 金融市場による貸し借りの仲介が「より良く」なった。具体的には、取引コストが減少した。
      (「より良く」と括弧付きにしたのは、市場があまりにも洗練されすぎた結果、リンゴが実際より美味しく見えるようになり、取引のコストが減少しただけでなく補助金が出るようになったと錯覚させ、必要以上にリンゴが売り買いされたという可能性を示唆するため。)
    3. 義務的な年金プラン導入による強制的な貯蓄。均衡を取り戻すため、強制的な貯蓄を取り崩そうとする力が働いた。
    4. 金利、ただし意味のある説明バージョン。ある金利で全体の貸し借りが均衡していた時に、全般に人々の借り入れ意欲が弱まり、貸し出し意欲が強まったものとする。すると、金利は低下し、再び貸し借りは均衡する。ただし、もし以前の均衡水準で金利の高さが借り手の制約となっていたとしたら、金利支払いの収入に対する比率が維持されたとしても、債務は増加する。
    5. Roweはこの5番目を後から追記した。]金利の仲介機能の増大(2の派生)。各人が自分の消費するリンゴを自分で育て、リンゴが売買されない状態を考える。そこである企業が、リンゴをリンゴジュースに変える安価な方法を発明したものとする。人々はリンゴよりも流動的なリンゴジュースの方を好むとすると、皆がその企業にリンゴを売り、リンゴジュースを買うという動きが見られるようになる。金融市場で言えば、非流動的な資産を流動的な資産に変換する動きがこれに相当する。これは、間接市場の発達ということになる(ディスインターミディエーションとは逆の動き)。

*1:ちなみにサムナーのこの需要と供給に関する論には、マンキューも注目した