債務はなぜ増えるのか Part II

昨日に続き、債務の増加に関するWCIブログのNick Roweの考察を紹介する。第2弾では、金融政策と債務増加の関係を論じている。

  • 前回の議論については、通貨供給を無視している、というコメントが多く付いた。通貨供給の増加は貸し出しの供給を増やす、と。しかし、そのことは前回述べたことを本質的に変えるものではない。
  • 前回のリンゴの話――皆が同一ならば売買は発生しない――に少しひねりを加えてみよう。人々の半分が緑のリンゴを、残りの半分が赤のリンゴを育てているものとする。両者の味は同じだが、赤のリンゴは偶数の年に良く発育し、緑のリンゴは奇数の年に良く発育するものとする。ここでフリードマン恒常所得仮説を適用すると、緑のリンゴの栽培者は偶数年に赤のリンゴの栽培者から借り入れ、赤のリンゴの栽培者は奇数年に緑のリンゴの栽培者から借り入れることになる。人々が同一であるという仮定を捨てることにより、債務が発生したわけだ。
  • 次に、バーター経済から貨幣経済に話を持っていくため、さらに以下の仮定を導入する。
    • 人々は緑か赤かどちらか一種類のリンゴの生産に特化する。しかし、両方の種類のリンゴを消費することを欲する。
    • リンゴは生産したらすぐに消費されなくてはならない。この仮定により、リンゴをそのまま翌年に持ち越すことはできないので、中間の媒体が必要になる。つまり、貨幣が発生する。
    • 初期状態では、貨幣は各人に平等に賦与されているものとする。また、リンゴの価格を貨幣1単位とする。
  • 今、各人の貨幣の持ち高が10から20に増えたものとする。各人はこれを一時的な増加だと受け止め、余分な額(たとえば9単位)を貯蓄する。もし今が偶数年だとすると、赤のリンゴの栽培者は、その余分な9単位を貸し出しに回そうとするだろう。緑のリンゴの栽培者は、懐に余裕ができたので、借り入れを9単位減らそうとするだろう。つまり、一人当たり9単位のローンの超過供給が発生したことになる。
  • この時、以下の3つのうちどれかが結果として生じる。
    1. 価格も金利も可変の場合:
      貨幣の中立性の標準的な結果が生じる。価格水準が2倍になり、実質金利は変化しない。貨幣の実質残高も元に戻り、ローンの需給も元に戻る。債務の実質額も元と同じになる。
      (ただし、債務が1年以上続くと仮定し、さらに債務がリンゴ建てではなく貨幣建てであると仮定すると、債務の実質額は半分になる)
    2. 価格が固定、金利が可変の場合(標準的な「ケインジアン」の仮定):
      貨幣の超過供給は価格上昇によって打ち消されないので、ローンの超過供給は金利低下をもたらす(実質金利は低下するが、もし人々が来年は価格が可変になると予想すれば名目金利は上昇する)。金利の低下は貨幣ストックの需要を増加させるので、赤の栽培者の貸し出し供給を減らし、緑の栽培者の借り入れ需要を増やす*1。それによって新たな均衡が達成される*2。もし両栽培者の一時所得に関する限界消費性向が等しく、消費の金利弾力性も等しいとすれば、新たな均衡での貸し借りの量=債務水準は、以前の均衡のそれと等しくなる。金利−債務の需給の図で言えば、通貨供給の変化によって、ローンの供給曲線と需要曲線は逆方向に同じだけ動き、かつ傾きの絶対値も等しいので、新たな交点は以前の交点の真下に来ることになる。
      (価格が変わらないので、貨幣の超過供給とリンゴの超過需要は残る。この不均衡は、リンゴの生産&消費の増加によってのみ解消する。こうしたことが起きるのは、標準的なニューケインジアンの不完全競争の仮定を置いた場合のみであるが、それは価格が限界費用より高く、各生産者が需要制約下にある場合を意味する。ここで生産と所得が増加し、金利が低下すれば、貨幣需要の増加によって貨幣の需給も均衡する。これは通常のISLMモデルの結果と整合的である)
    3. 価格も金利も固定の場合:
      貨幣の超過供給とローンの超過供給のいずれも解消できない(これはキューバのような中央計画経済のマネタリー・オーバーハングに相当する)。赤の栽培者のローンの供給曲線は右にシフトするが、緑の栽培者の需要曲線は左にシフトする。実際の取引量は両者の少ない方(=緑の栽培者の需要)で決まるので、債務は減少する。
      (リンゴ市場での不完全競争を仮定すれば、人々は貸し出しに回せない余分な貨幣を支出し、貨幣の超過供給とリンゴの超過需要を解消するかもしれない。しかしそれによる生産と所得の増加が一時的なものと見なされると、ローンの需要は却ってますます減少するだろう)
  • つまり、通貨供給の増加により、債務は変化しないか、むしろ減少する。債務を増加させるには、上の2番目のケースにおいて、両栽培者の限界消費性向と消費の金利弾力性が等しいという仮定をうまく変更するしかない(下図参照;両曲線の傾きとシフトの差のため、金利rの低下によって債務Lが増加)。

     

  • これに対する抗議は、新規マネーが平等に配られるという仮定に問題がある、というものだろう。
  • 仮に偶数年に緑の栽培者にのみ新規マネーが配られたものとしよう。この思考実験がうまく行かないことはすぐに分かる。偶数年は緑の栽培者は借り手なので、彼らへの新規マネーは債務を減少させるだけである。
  • 逆に、偶数年に赤の栽培者にのみ新規マネーが配られたものとする。上と同様に、価格と金利に関する3つの仮定を考えてみると、以下のようになる。
    1. 価格も金利も可変の場合:
      価格水準がほぼ2倍になり、実質金利はほぼ変化しない(ここで「ほぼ」という断りを入れたのは、行動関数が非線形の場合、貨幣の総需要と総貯蓄が、富の配分が変わったことの影響を受ける可能性があるからである)。新たな均衡では、赤の栽培者は金持ちに、緑の栽培者は貧乏になる。これは、緑の栽培者から赤の栽培者への一過性の所得移転に等しい。この時、赤の栽培者の貸し出し意欲と緑の栽培者の借り入れ意欲は共に増大する。赤の供給曲線と緑の需要曲線は共に右にシフトする。この時、確かに債務は増加する。
    2. 価格が固定、金利が可変の場合(標準的な「ケインジアン」の仮定):
      金利は低下し産出は増加する。これは、上のケース2に緑の栽培者から赤の栽培者への一過性の所得移転が付け加わったものに等しい。上のケース2では債務は変化しなかったが、一過性の所得移転はローンの需要供給曲線を共に右にシフトさせる。従って、やはり債務は増加する。
    3. 価格も金利も固定の場合:
      赤の栽培者のローンの供給曲線は右にシフトするが、緑の栽培者の需要曲線は変化しない。実際の取引量は両者の少ない方、即ち緑の栽培者の需要で決まるので、債務は減少する。しかし、もし金利が(法律などによって)最初に均衡状態より低く設定されていて、ローンの超過需要が当初から存在していれば、赤の栽培者の供給が両者の少ない方になるので、債務は増加する。
  • つまり、新規マネーが借り手に流れると、既存の貸し手と借り手の差を縮める方向に働くので、債務は減少する。新規マネーが貸し手に流れると、既存の貸し手と借り手の差を広げる方向に働くので、債務は増加する。
  • 現実の世の中で新規マネーを手にしているのは中央銀行である。そして、彼らは貸し手なので、彼らが通貨供給を増やし、かつ、貸し出しを増やすと、世の中の債務が増える。…と考えたいところだが、それは誤り。
  • 中央銀行は政府の配下にあり、政府は借り手である。中央銀行が増刷した紙幣は政府が手にする。一方、中央銀行の資産はほとんどが国債である(少なくとも最近までそうだった)。つまり、現実世界で新規マネーを手にしているのは緑リンゴの栽培者であり、赤リンゴの栽培者ではない。そして政府はそれを債務の買戻しに使っている。結果として、通貨供給増により債務(特に政府の債務)が減少する。

*1:金利−債務の需給の図において、金利が低下すると、赤の右上がりの供給曲線に沿って供給が低下し、緑の右下がりの需要曲線に沿って需要が増加する。

*2:金利の低下により、供給曲線と需要曲線の以前の交点はもはや均衡点ではなくなったので、新たな金利水準で交わるように両曲線がシフトする。後述の図も参照。