なぜ中央銀行は資産を保有するのか?

昨日に引き続き、Nick Rowe中央銀行に関する考察を紹介する。


10/31のエントリで彼は、中央銀行が資産を保有する理由について論じている。


彼は、その理由に関する誤った説明として、発行する紙幣の通貨価値を裏付けるため、という考えを槍玉に挙げている。その裏付け説の誤りとして、以下の3つを挙げている。

  1. 中央銀行保有する資産は通常ほとんどが名目資産であり、負債である通貨と同じ単位である。ここで、物価が一夜にして倍になり、貨幣の実質価値が半分になったとしよう。中央銀行保有する名目資産の実質価値も半分になる。つまり、通貨とその裏付けとなるとされる資産の等価性は、物価が倍増したとしても破られない。従って、裏付け理論から物価水準を導き出すことはできない。裏付け理論の主張するように、資産が通貨価値を裏付けることによって物価水準を維持できるのは、その資産が実物資産の場合のみである。しかしその場合、もし中銀の(たとえば)10%の資産が(金準備や建物などの)実物資産であった場合に、資産の1%の実物資産が(建物の火事などによって)毀損すると、物価が10%も下落することになってしまう。
     
  2. 債券に投資する投資信託が、(管理費用を控除した)金利収入をすべて第三者に渡し、投信の株主には一銭も渡らないものとする。この投信を誰が買いたいと思うだろうか? 投信の株主にとっては、配当の割引現在価値はゼロであり、従って投信の価値もゼロになる。しかし、中央銀行とはまさにそういう存在である。毎年、中央銀行保有する債券から金利収入を得るが、管理費用を控除した上で、その収入すべてを政府に渡し、通貨の保有者には一銭も渡らない*1
     
  3. 通貨価値の説明に「裏付け」は不要である。人々が貨幣を保有したがるのは、それが交換の媒体であるからであり、それを持つことによって買い物が便利になるからである。これが貨幣需要を生む。中央銀行が貨幣供給に制限を設けると、需要曲線と供給曲線の交点で貨幣の正の均衡価値(有限の物価水準)が決まる。


このうちの3点目に関し、彼は以下のようなことを付け加えている。

  • 紙幣自体に価値が無いと交換媒体として機能しないと言う人もいるかもしれない。その場合、紙幣価値を説明するために紙幣価値を前提することになり、貨幣の需要と供給の理論はその問題を避けていることになる。
  • その批判には一抹の真実が含まれている。実際、均衡は2つある。一つは紙幣が価値を持つ通常の均衡で、もう一つは紙幣が価値を持たない奇妙な均衡である。ルードヴィヒ・フォン・ミーゼスは1912年にRegression Theory of Moneyでこの問題の解決を目指した。歴史的に言えば、貨幣は当初は商品貨幣ないし商品の裏付けのある貨幣だったはずである。しかし、一旦貨幣として機能するようになると、商品としての需要のほかに交換媒体としての需要が付け加わり、最終的には商品の裏付けはなくなって奇妙な均衡は無くなる。(カンボジアクメール・ルージュ政権崩壊の後に紙幣を再導入した時、ゼロから紙幣を作ることができなかったので、最初は米との交換性を持たせたと記憶している)
  • 資産の裏付けの無い負債という意味で、紙幣はまさにポンツィ・スキームである。ただし、重要な違いは、ポンツィ氏が高い利回りと値上がり益を約束したのに対し、中銀が約束しているのは、利息も値上がり益もゼロで、実質金利は(カナダの場合)-2%ということである*2。ポンツィ氏の場合は、仮に集めた資産にまったく手を付けなかったとしても約束を果たすことはできなかった。一方、中銀は、資産を皆譲渡してしまったとしても約束を果たすことができる(ただし、[カナダの場合は]紙幣の実質需要の落ち込みが年率2%以上に落ち込まない場合。落ち込みが2%ちょうどならば、一定の名目貨幣供給が自動的に2%のインフレをもたらす)。
  • 中銀が資産を必要としないのは、紙幣への実質需要の増加率が、人々が受容する実質金利を上回るからである。ポンツィ氏もこの条件を満たせれば、資産は必要なかった。ジンバブエのように紙幣の実質金利が大幅なマイナスのところでさえ、買い物の利便性のために人々は紙幣を需要する。
  • 中銀の負債が資産とほぼ等価になるのは、自己資本が大きくなりすぎないように利益を政府に上納しているからである。中銀は負債を元に資産を決めているのであり、その逆ではない。


最後にRoweは、中銀が資産を完全に手放さない本当の理由を3つ挙げている。

  1. 中銀のオーナー(政府)にとって、中銀が債券を手元に置いて利息収入を政府に渡すのと、債券を政府に渡すのとでは差は無い。いずれにせよ政府は利息収入を手にし、差し引きゼロとなる。
     
  2. 通常、紙幣への実質需要は経済成長率と同様の率で増加するが、上振れする年もあれば、下振れする年もある。下振れした場合には、インフレを防ぐために中銀は貨幣供給を減らす必要があるが、それは資産の売りオペによってなされる。資産が無ければそれは不可能。
     
  3. 会計士は複式簿記やら貸借対照表やらが好きで、それで物事を把握している。資産と負債が対になっていて、両者の合計が等しいことで記録が正しくなされていることを確認しているわけだ。だから、彼らは通貨を中銀の負債として記録し(実際には償還義務も金利支払い義務も無いので違うのだが)、資産を反対側に記録する。通貨を負債として記録しておきながら、対応する資産が無いとなると、会計士はパニクってしまい、中銀なんてポンツィスキームだと叫びだしてしまう。もちろんそうなのだが、ある種のポンツィスキームは維持可能なのだと会計士に説明するのは至難の業である。

*1:cf. 日銀の説明

*2:日銀の場合は…いや何でもない。/[追記]カナダはインフレ目標を2%に設定している。