30年固定金利住宅ローンは不要か?・その2

昨日のエントリでは、Nick Roweのオープン型長期固定金利ローンへの反対論を紹介したが、彼は改めて別のエントリを建てて、カナダの住宅ローン市場を基に考察を深めている。


彼によると、同市場では以下のような状況が観察されると言う。

  • 期間1年以上のオープン型住宅ローン(=借り換えにペナルティの掛からない住宅ローン)は市場に出回っていない。
  • 期間5年以上のクローズド型の住宅ローンは事実上法律で禁止されている。
    (正確には、5年を超えると繰上げ返済に対し最大でも3か月分の利子しか課金できないので、少しの金利低下で借り換えが有利になってしまう)
  • カナダの主流の住宅ローンは5年のクローズド型である。

以上の事実から、米国のようなオープン型の長期固定金利ローンはやはり政府の支援抜きでは存在できないのではないか、とRoweは考察する。しかし同時に、クローズド型の長期固定金利ローンは存在する可能性があるのではないか、とも述べている。カナダでも法律による事実上の禁止を撤廃すれば、そうしたローンが出回るのではないか、というのが彼の推測である。



またRoweは、コメント欄で、期間が2年間の住宅ローン支払い金利に関する以下のような簡単な数値例から、変動金利、オープン型固定金利、クローズド型固定金利の3種類の住宅ローンの得失を比較している。

金利推移 変動金利 クローズド型固定金利 オープン型固定金利
1年目 5% 同左 5% 5.33%
2年目 半々の確率で4%もしくは6% 同左 5% 半々の確率で4%もしくは5.33%

この場合、リスク中立的な貸し手および借り手にとっては、いずれの住宅ローンも等価である。
一方、リスク回避的な借り手は、インフレ率がゼロならばクローズド型固定金利を選好し、インフレ率が変動金利に完全に反映されるならば変動金利を選好する。リスク愛好的な借り手はその逆である。
従って、オープン型固定金利の出番は無い、というのがRoweの主張である。強いて言うならば、インフレ率ゼロの場合に金利が5.33%を超えるとリスク回避的になり、5.33%以下だとリスク愛好的になる奇妙な借り手のみオープン型固定金利を選好する、と彼は指摘する。


ただ、このRoweの議論には以下のような欠点が存在するように思われる。

  • 人々がダウンサイドリスクのみ忌避するというのはそれほど奇妙な仮定とは言えないのではないか?
  • 上記でオープン型固定金利の5.33%は、
     x + (x*0.5+4*0.5) = 5 + 5
    という方程式をxについて解いて求めたものと思われる。しかしこの式では、1年目と2年目の間のディスカウント・ファクターが考慮されていない(ないし、暗黙のうちに1が仮定されている)。仮にそのディスカウント・ファクターをdと置くと、上式は、
     x + d*(x*0.5+4*0.5) = 5 + d*5
    となり、たとえばd=0.7の時、x=5.26となる。
    従って、仮に貸し手のdが0.7で、借り手のそれが1というディスカウント・ファクターの非対称性が存在する場合、リスク中立的な貸し手がオープン型固定金利を5.26%に設定し、リスク中立的な借り手がそれを選好する、ということはあり得るのではないか?


ちなみに、昨日のエントリでは、日本の市場について“住宅ローンの借り換えでメリットがあるケースは、「金利差1%以上、ローンの残り期間10年以上、ローン残高1,000万円以上」が目安”という一般則を基に「借り換えにはそれなりにペナルティがある」と書いたが、それはあくまでも登録免許税、司法書士手数料、印紙代 といった貸し手には直接関係しない費用も含めた話のようである。実際に銀行が受け取る繰上げ返済の手数料は数万円レベルらしいので、その点は比較的オープン型に近いのかもしれない。ただ、一般に借り換えはあくまでもライバル会社からの変更に限っているようなので、あるいは準オープン型とでも呼ぶべきか。


なお、米国では、住宅バブルが弾ける前に、わざわざ借り換えをせずとも金利低下の恩恵を反映する(金利上昇の場合は据え置きになる)「Ratchet Mortgage」というローンが開発されたとのことである。これはまさに純粋な形でオープン型を商品化したものと言えるだろう。しかし、その後この商品が売れたという話も無さそうなので、アイディア倒れに終わってしまったのかもしれない。