30年固定金利住宅ローンは不要か?

WSJブログによると、米連邦住宅金融局の主任エコノミストのパトリック・ローラー(Patrick Lawler)が、クリーブランド連銀主催の住宅政策に関するコンファレンスで、個人の意見と断りつつも、「爆弾発言」を行ったとのこと*1

Mr. Lawler launched a frontal assault on the most sacred element in U.S. housing-policy dogma: the 30-year fixed-rate mortgage loan, providing the right to refinance at any time, with no prepayment penalty. If more members of the audience had been fully awake at this moment, I feel sure that their gasps would have been audible.
Now, Americans are very attached to their 30-year fixed-rate freely prepayable mortgages. They like not having to fuss about the possibility of 28% interest rates in 2032, even though most of us will move or die long before then. They love to refinance every time rates drop and then brag to their neighbors about how much they are saving per month.
What they don’t stop to realize often enough is that they are paying a very large price for that privilege– twice.
In the first place, mortgage rates are higher than they otherwise would be. That’s because lenders and mortgage investors must build in protection for the risk that we will prepay and stick them with a lower yield than they were anticipating. Mr. Lawler estimates that Americans pay at least an extra 0.25 to 0.50 percentage point in rates because of this option to prepay without penalty. They also pay another premium-–sometimes a percentage point or two–for having a long-term fixed rate. Over 30 years, that translates into some real money, but no one ever mentions that when bragging to the neighbor.
In the second place, our nation has created the likes of Fannie, Freddie and the FHA to facilitate these oddball 30-year fixed-rate loans, which aren’t normally provided by the private market. For a long while, that seemed like a free lunch. Fannie and Freddie, we were told, were far better able to handle those complex risks than we dumb consumers ever could. But since the government had to rescue Fannie and Freddie in 2008, the taxpayers’ tab for this indigestible lunch has swollen to $145 billion, and it’s still rising. So that’s the second time we’ll pay for our irrational love of American-style mortgages – only this time, we all pay, not just mortgage borrowers.

(拙訳)
ローラー氏は米国の住宅政策のドグマにおいて最も神聖な部分に正面攻撃を仕掛けた。それは即ち、いつでもペナルティ無しに借り換え可能な30年固定金利住宅ローンだ。もし起きている聴衆がもっと多かったなら、彼らが息を呑む音が聞こえるくらいの大きさになっていただろう。
米国人は自由に借り換え可能な30年固定金利住宅ローンに愛着を持っている。彼らは、2032年に28%の金利を払うような羽目に陥りたいとは考えていない。たとえその時までに我々の大部分がとっくに引っ越すか死ぬかしているとしても、だ。彼らは金利が低下するたびに借り換えして、どれだけ月々の支払いを節約したかをお隣さんに自慢することを愛している。
彼らの大抵が気付いていないのが、その特権のために非常な高値を支払っていることだ。しかも2度に亘って。
まず、そのために住宅ローンの金利が高くなっている。というのは、貸し手ならびに住宅ローンを購入する投資家は、我々が借り換えるせいで、予想より受け取り金利が低くなる、というリスクに備えなくてはならないからだ。ローラー氏の見積もりによると、このペナルティ無しに借り換えるオプションのために、米国人は少なくとも0.25〜0.50%の金利を余計に払っているという。また、長期の固定金利というもう一つプレミアムのために、1〜2%払っているともいう。30年で考えるとこれはちょっとした額になるが、誰もそれをお隣さんに自慢気に吹聴したりはしない。
そして次に、こうした奇妙な30年固定金利ローンは通常は民間市場では提供されないため、我々の政府はファニーやフレディや連邦住宅局といった組織を作り上げた。これまで長い間、それはフリーランチに思われてきた。ファニーとフレディは、愚かな消費者よりも遥かに上手にそうした複雑なリスクを捌くことができる、と我々は聞かされてきた。しかし、2008年に政府がファニーとフレディを救済する必要に迫られて以来、この消化不良のランチの納税者へのつけは1450億ドルに膨れ上がり、しかもまだ増え続けている。これが、米国型モーゲージへの我々の不合理な愛着のために支払う2度目の代償というわけだ――ただしこれについては、住宅ローンの借り手だけではなく、我々全員が払わなくてはならない。


このローラーの見方に反対したのが南カリフォルニア大教授のリチャード・グリーン(Richard Green)である。彼は、変動金利(adjustable rate mortgages=ARM)にはデュレーションが短いという問題があるので、リスク最小化のためには資産と負債のデュレーションをマッチさせた方が良いというファイナンス理論の原則からすると、住宅ローンは――5年以内に家を転売するつもりならば話は別だが――固定金利(fixed rate mortgage=FRM)の方が良い、と説いたEconomist's View経由)。


逆にローラーの見方に賛意を示し、米国の長期の固定金利住宅ローンの在り方を激しく批判したのがNick Roweである。彼はEconomist's Viewのコメント欄にその旨を書き込んだほか、WCIブログでも「米国の固定金利住宅ローンは実は固定金利住宅ローンではない;それは奇妙で馬鹿げた危険な商品だ(US fixed rate mortgages aren't fixed rate mortgages; they are weird, stupid, and dangerous)」という過激なタイトルのエントリを上げている(こちらのエントリもEconomist's Viewで紹介されている)。
彼に言わせれば、より低い金利に借り換えられる米国のような固定金利住宅ローンは「オープン型」のローンであるが、本来の固定金利住宅ローンは、そうした借り換えを許さない「クローズド型」であるべき、とのことである。このRoweの主張についてRortybombのマイク・コンツァル(Mike Konczal)は、オープン型ではコンベキシティが負になるが、それは固定金利では危険ということ、と解説している


Econlogのアーノルド・クリングは、グリーンとRoweのどちらが正しいかは政府支援の無い自由市場で決めればよい、といかにもEconlogらしいことを書いている。それに対し前述のコンツァルは、住宅ローン市場では規制なき市場などあり得ない、それをやろうとした結果がサブプライムローン問題なのだ、と反発している。



ちなみに、日本はどうなっているのかと「住宅ローン 借り換え 計算」でぐぐってみたところ、トップに表示されるこのサイトでは

住宅ローンの借り換えでメリットがあるケースは、「金利差1%以上、ローンの残り期間10年以上、ローン残高1,000万円以上」が目安といわれています。

と記述されている。即ち、借り換えにはそれなりにペナルティがある、ということのようである。


また、民間と公的機関の棲み分けについては、たとえばこちらのサイトでは

従来公的ローンは民間ローンよりも金利が低く、条件もいいというのが日本の常識でした。しかし、住信SBIネット銀行の住宅ローンの登場によって状況は変わりつつあります。

という記述があるほか、こちらの論文の図1では住宅金融公庫のシェアが2000年以降急低下していったことが示されている。
実際、wikipedia住宅金融公庫の記述には

証券化支援事業
直接融資は、民業の圧迫になると言う批判があり、縮小することとなった。それに代わって「長期・固定金利の住宅ローン」を提供し続けるため、民間金融機関等による長期・固定金利の住宅ローンの買取りなどを行うといった証券化支援事業を2003年から実施している。この事業には最長の償還期間が35年であることからフラット35という愛称が付けられている。これを元にした民間の住宅ローン商品が各金融機関から発売されている。
これは、アメリカの住宅金融支援の枠組を模したもので、住宅ローンを引き受けた金融機関が、政府系金融機関に一部を引き受けさせ、これらの政府系金融機関もしくは自分自身で社債不動産担保証券を発行し、流動化を計るというものである。

とあり、政府系機関は証券化支援事業に特化し、融資自体は民間に任せる、という流れが意図的に作り出されたようである。


では、米国と同様、その政府系機関の支援が民間の長期の固定金利ローンに不可欠のものになっているのだろうか? それについては、国交省調査で意外な結果が報告されている(下図)。

即ち、10年超の固定金利について、リスクヘッジを特に行っていないという金融機関が4割近くに上っている半面、証券化支援事業をリスクヘッジに用いているのは未だ5%前後に過ぎない。
これを見ると、今の日本では民間だけで住宅ローン市場がそれなりに成立しており、クリングの言う状況に近いのかも、という気もする(ただ単に過渡期なだけかもしれないが…)。ちなみにこの国交省報告によると、平成20年度の金利タイプ別の新規貸出額のシェアは、長期固定金利(全期間固定金利型、固定金利期間選択型10年超、証券化ローン)の割合が10.1%であり、変動金利型の割合が37.3%、固定金利期間選択型は、固定金利期間10年の割合が33.9%、それ以外の期間が18.7%となっている。一方、米国の長期固定金利の残高ベースのシェアは6割とのことなので、やはりファニーやフレディの存在が米国での長期固定金利の比率を高めているという側面があるのかもしれない。