レポ市場でのFRBの役割の拡大

という小論が9月にリッチモンド連銀のEconomic Briefに上がっている(H/T Mostly Economics)。原題は「The Fed’s Evolving Involvement in the Repo Markets」で、著者は同銀のHuberto M. EnnisとFRBのJeff Huther。

その小論では、初期のFRBのレポ市場への関わりについて以下のように説明している。

The Fed has used repo transactions since the 1920s to manage the quantity of reserves held by commercial banks.2 Initially, all 12 Reserve Banks conducted these transactions, but reserve management operations were eventually centralized at the New York Fed as the financial system became more efficient at reallocating reserves across the country.
In the following decades, the Fed refined its usage of repo operations, eventually making them the primary means of creating temporary changes to the stock of bank reserves. The Fed supplied reserves by entering into repo transactions in which it temporarily credited banks' reserve accounts in exchange for temporary holdings of Treasury securities. Through these "reserve injections," the Fed was able to influence the level and price of interbank credit as well as credit more broadly in the economy.
(拙訳)
FRBは、1920年代から、商業銀行が保有する準備預金の量を管理するためにレポ取引を用いてきた。当初は12連銀がすべてそうした取引を行っていたが、金融システムが準備預金を国内で再配分する能力が高まったため、準備預金管理のオペレーションは最終的にニューヨーク連銀に集約された。
その後の数十年間、FRBはレポのオペレーションの使い方を洗練させ、最終的には銀行の準備預金残高を一時的に変化させる際の主要手段とした。FRBは、財務省証券を一時的に保有する代わりに銀行の準備預金口座に一時的に信用を供与する、というレポ取引を実施することで準備を供給した。こうした「準備注入」により、FRBは、銀行間信用、および、より幅広い経済の信用の水準と価格に、影響を与えることができた。

しかしリーマンショック後の金融政策で準備預金が積み上がるようになり、かつ超過準備に付利を支払うようになったため、FRBとレポ取引の関わり方も変わることになる。

The changes that resulted from the financial crisis removed the need for the Fed to engage in daily reserve management and, by extension, the need for the Fed to actively participate in the repo market for that purpose.
As the stock of reserves grew, however, it became clear that the abundance of reserves — combined with limits to arbitrage — could push the fed funds rate below the bottom of the Fed's target range. To reduce the likelihood of below-target rates, the Fed introduced programmatic repo transactions with a wide range of financial firms in 2013. This program — the Overnight Reverse Repo Program (ON RRP) — allows eligible counterparties to lend excess funds to the Fed through repo transactions at a specified rate, ensuring that repo rates (and other short-term money market rates, by extension) remain close to or above the ON RRP rate.
(拙訳)
金融危機がもたらした変化によって、FRBが準備預金を日々管理する必要はなくなり、結果として、FRBがそのためにレポ市場に積極的に参加する必要もなくなった。
しかし、準備預金残高が膨らむにつれ、準備預金が豊富にあることが、裁定の限界と相俟って、FF金利FRBの目標範囲の下限以下に押し下げる可能性があることが明らかとなった。金利が目標を下回る可能性を減らすため、FRBは2013年に金融会社を幅広く対象としたプログラム的なレポ取引を導入した。この制度――翌日物リバースレポ制度(ON RRP)――は、資格のある取引者がレポ取引を通じて決められた金利で余剰資金をFRBに貸し出すことを可能にする。それにより、レポ金利(および、結果として、その他の短期金融市場金利)が、確実にON RRP金利近傍ないしそれ以上になる。

ここで言う裁定の限界については、上記引用部の前段で、銀行の自己資本規制や住宅GSEの内部リスク管理規制によってもたらされる、と説明している。そのため、理論上は裁定によって銀行の超過準備への付利(IOR)にFF金利が収束するはずが、必ずしもそうはならず、金利のコントロールに問題が生じた、とのことである*1

リバースレポ導入によって金利の下振れ懸念はひとまず解消したが、しかし今度は2019年9月やコロナ禍の始まった2020年3月のような金利の上振れ懸念*2が生じたため、今年7月にまた新たな制度を導入したという。

To mitigate interest rate pressures — like those in September 2019 and March 2020 — the Fed established a Standing Repo Facility (SRF) in July 2021. The SRF is intended to provide a "backstop" for the market.5 That is, the facility offers cash in the repo market at an interest rate that is slightly above the prevailing market rates, making it unattractive for most market participants during normal times. In times of market stress, however, market participants now know that they (or their counterparties) can turn to the SRF for funding. Knowledge that an immediately available backstop is in place will help to guide expectations of how interest rates in the repo market will behave in periods of high market uncertainty.6
(拙訳)
2019年9月や2020年3月のような金利圧力を緩和するため、FRBは2021年7月に常設レポ制度(SRF)を設けた。SRFは市場への「最後の歯止め」の提供を意図している。即ち、その制度では市場で支配的な金利より少し高い金利で現金をレポ市場に供給するため、通常時には大半の市場参加者にとって魅力あるものではなくなる。しかし、市場にストレスが掛かった状態では、今や市場参加者は自分たち(もしくは取引相手)が資金調達のためにSRFに頼れることを知っている。すぐに利用可能な最後の歯止めがあるという知識が、市場の不確実性が高い時期にレポ市場の金利がどのように推移するかという予想を導く助けとなる。

2015/3/1エントリで、FRBの金融政策のリバースレポへのシフトがいざという時に銀行の取り付け騒ぎを招くのではないか、というFRB自身の懸念を紹介したことがあったが、このSRFの設立がその懸念への回答となったようである。

SRFの特徴について小論では以下の点を挙げている。

  • ON RRPとSRF でレポ金利のコリドー(回廊)を形成する。
  • 窓口貸出は経営不振のレッテル貼りを恐れて多くの銀行が利用を躊躇うが、SRFにはその恐れが無い。
  • SRFにより(銀行子会社だけではなく)全てのプライマリーディーラーが直接FRBから資金調達できる。
  • 窓口貸出では銀行は担保として様々な資産を差し入れることができるが、SRFは財務省証券と政府機関債だけである。

また、SRFの懸念すべき点について小論では以下を指摘している。

  • SRFは金融市場の動揺時にも平常時にも使えるが、非常時に利用が減るという逆説的な結果になる可能性がある。
    • SRFは総額を決めたオークション形式で実施されるが、実施時間がレポ取引に比べて相対的に遅いため、オークションの敗者の調達コストが跳ね上がる恐れがある。そのため、それを見越してSRFを待たない参加者が出てくるだろう。
    • オークションで決まる金利も、総額の利用割合が上昇すると、競り上がる可能性がある。
      • これは市場の動揺による金利上昇とは別の上昇ということになる。
      • ただし、FRBは市場の状況を見て総額を調整することはできる。
  • ON RRPによりFRB金融危機時に借り手として選好され、本来借りたい参加者が借りられなくなる恐れがあるが*3、SRFの存在がそれを悪化させる恐れがある(いつもの取引相手が、どうせ自分が貸さなくてもSRFで借りれるではないか、と考えるため)。結果として、FRBが貸し手としても選好される恐れがある。こうした懸念はON RRP創設時からの検討課題。
  • 非常時でなくとも、FRBがバランスシート正常化を開始した際にSRFの利用頻度が高くなる可能性がある。
  • コリドーシステムは最後の歯止めとして利用頻度が低いのが理想だが、準備預金の量が大きく変動するようになると、金利のコントロールだけではなく準備預金の管理においても使われるようになる可能性がある。
    • 最近のON RRPの利用の増加は、ある意味でその表れ。資本規制のためにバランスシートを大きくしたくない銀行は、投資家に資金をMMFなど資本規制のない他の機関に回すように促すが、これは現在のON RRPが、本来ならばそうした銀行の準備預金となる資金を吸収していることに他ならない。

小論ではさらに、FRBが関与しない市場参加者同士の取引などに起因して、コリドーが崩れる可能性について言及している。そのようなことが起こるかもしれない具体的な要因として、以下を挙げている。

  • タイミング
    • FRBは、午後遅くに取引を決済する市場においてレポ市場に参加する。一方、一日のもっと早い時間帯に資金もしくは証券を戻して欲しい市場参加者もおり、彼らはそのために余計に払うことも厭わない。
    • FRBのレポオペレーションにおける値付けと配分は、決済とは対照的に、午後早くに実施される。それらのオペレーションは大半のレポ市場取引が実施された後に行われるものの、もっと遅くに需要が発生することもあり、そうした需要はFRBを当てにできない。そうした取引が予期せず発生すれば、市場価格への顕著な圧力となる。
  • 関係性
    • 貸し手と借り手の大半が毎日参加するというレポ市場の繰り返し特性により、資金もしくは証券の提供に信頼が置ける取引相手は高く評価される。その関係性を維持するため、貸し手と借り手は(期間限定で)市場金利を下回る、もしくは上回る金利を進んで受け入れる。
  • 取引相手の限界
    • 一般に、貸し手が信用リスクを精査した取引相手の数は限られる。財務省証券を担保にしているとはいえ、規制や内部のリスク管理の理由により、貸し手は個々の借り手へのエクスポージャーを限定している。そのため、魅力的な裁定機会があったとしても、貸し手が信用を拡大できない可能性がある。
  • 流動性要件とバランスシート制約
    • 2008年の金融危機後、議会は、銀行、特に大手銀行の流動性と資本を高水準とする法案を通した。規制資本の要求により、大手行がバランスシートを拡大するのは、特に短期間の価格変動への対応としてはコスト高となる。そのため、金融市場の一時的な大きな不均衡は、例え儲かりそうな取引だとしても、FRBの制度を利用できる銀行によって完全に解消されない可能性が高い。
  • 取引の相殺
    • バランスシート制約は、大手行にとって取引の相殺を大いに魅力的なものとする。同じ取引相手と同じ種類の担保を使って貸し借りをしている銀行は、規制や会計の報告でネットのエクスポージャーを報告できるからである。そうした貸し借りは同じ日に起きないだろうと思われるかもしれないが、レポ市場では一般的な話である。というのは、取引の多くは集約されて清算され、清算機関が取引の両面の取引相手となるからである。大手金融機関はレポを様々な活動で用いており、清算の際に相殺する機会がある。その時に、バランスシートコストに鑑みて、金利面で譲歩する可能性がある。

*1:ちなみに本ブログの2014/1/28エントリで紹介したジョセフ・ギャニオンらの論文でもその問題を指摘しており、(その時点では設立間もない)翌日物リバースレポの金利FF金利に代えて政策金利とすることを提言している。

*2:この小論では、2019年9月の市場の動揺に言及する際に、本ブログの今年9/13エントリで紹介したダフィーらの論文にリンクしてしている。なお、本ブログの2019/5/6エントリで紹介したように、2019年は春先から金利の上振れ懸念が指摘されていた。

*3:cf. 上記で言及した2015/3/1エントリ。