というNBER論文が上がっている(ungated版へのリンクがある著者の一人のページ)。原題は「Uncertainty or Frictions? A Quantitative Model of Scarce Safe Assets」で、著者はCosmin L. Ilut(デューク大)、Pavel Krivenko(ニューヨーク市立大学バルーク校)、Martin Schneider(スタンフォード大)。
以下はその要旨。
Why did the real interest rate decline and the equity premium increase over the last 30 years? This paper assesses the role of uncertainty and credit market frictions. We quantify a model with heterogeneous households using data on asset prices and macro aggregates, as well as on households' debt and equity positions. We find that compensation for both uncertainty and frictions is reflected in asset prices. Moreover, a secular increase in frictions is important to understand jointly the decline in real rate and the relative scarcity of debt. Modeling uncertainty as ambiguity allows for tractable characterization of asset premia and precautionary savings effects in steady state.
(拙訳)
なぜ過去30年に実質金利が低下して株式プレミアムが上昇したのだろうか? 本稿は、不確実性と信用市場の摩擦の役割を評価する。我々は、資産価格やマクロ変数、および家計の債務と株式の残高データ*1を用いて不均一な家計のいるモデルを定量化した。不確実性と摩擦の双方の補償が資産価格に反映されていることを我々は見い出した。また、摩擦の長期的な増加は、実質金利の低下と債務の相対的な稀少性を併せて理解する上で重要であった。不確実性を曖昧性としてモデル化すると、定常状態における資産のプレミアムと予備的貯蓄効果を解析可能な形で特徴付けることができる*2。
本文によると、近年では摩擦の役割が重要性を増したが、その結論は債務が株式よりも稀少になったことから導かれる、との由。即ち、非金融企業の市場レバレッジが1980年代以降に急低下したが、その低下は政府や家計の債務の増加で相殺されるに至らず、そのため家計のポートフォリオ全体における株式のシェアが増した。従って、金利と債務の相対量が共に低下したことを説明する必要があるが、信用市場の摩擦の増加によるレバレッジコストの増加はまさにその説明になる。というのは、それによって借り手の債券供給が低下するからである。一方、不確実性の増加は、債務保有者の需要の増加を意味するが、それは相対的に債務が増加したはずであることを意味する。
論文でモデル化した経済では、労働所得の不確実性を懸念して債券を保有する債券保有者(家計)と、配当所得の不確実性を懸念して借り入れを行う株式保有者(資本家)の2つの主体がいるが、上記の変化は、両者の格差を拡大させたという。というのは、株式保有者は、レバレッジを掛けているポジションにおける負の実質金利と、それよりも効果の大きい資本所得の不確実性の低下によって厚生が改善したが、債務保有者の厚生は、認識される労働所得の曖昧性の増加により低下したからである。
そうなると、政策によってこの状況を改善できないか、と考えるのが自然だが、上記の変化はまた、近年では財政政策の効果が薄れたという政策的含意を持つという。論文では、債券保有者と株式保有者に対する所得移転の政策として、債券保有者の労働所得が低い場合に株式保有者から所得移転を行い、債券保有者の労働所得が高い場合にはその逆を行う「福祉国家政策(welfare state policy)」と、配当所得次第で株式保有者に対し実施する「救済政策(bailout policy)」の2種類を検討しているが、1989年のように限界的な借り入れコストが相対的に小さい場合は、どちらの政策も一般均衡効果によって両主体の厚生を改善させる。例えば福祉国家政策では民間債務の需要を減少させ株式保有者の資金調達コストを増加させるが、均衡では株式保有者はデレバレッジを行い、全体的には改善する。しかし、2016年のように限界的な借り入れコストが大きい場合には、金利の上昇が株式保有者の消費の減少につながるという。
*1:Survey of Consumer Finances (SCF)とFinancial Accounts of the United States (FA)のデータを用いたとの由。
*2:ungated版と共にKrivenkoのサイトに上げられているスライド資料では、曖昧性の問題をエルズバーグの逆説(cf. Ellsberg paradox - Wikipedia)を引きつつ説明している。論文では曖昧性回避の選好関数としてEpstein-Schneider (2003)(これ)の再帰的な複数事前分布の選好関数(recursive multiple priors preferences)を採用している。