ジェフリー・サックスへのオープンレター

が3月20日出されていたことにデロングが最近気づき、遅まきながら署名したいと申し出ている*1
同オープンレターはウクライナ出身のYuriy Gorodnichenko(cf. ゴロドニチェンコとウクライナ - himaginary’s diary)が発起人になったもののようで、その冒頭は以下の通り。

Dear Dr. Sachs,
We are a group of economists, including many Ukrainians, who were appalled by your statements on the Russian war against Ukraine and were compelled to write this open letter to address some of the historical misrepresentations and logical fallacies in your line of argument. Following your repeated appearances on the talk shows of one of the chief Russian propagandists, Vladimir Solovyov (apart from calling to wipe Ukrainian cities off the face of the earth, he called for nuclear strikes against NATO countries), we have reviewed the op-eds on your personal website and noticed several recurring patterns. In what follows, we wish to point out these misrepresentations to you, alongside our brief response.
(拙訳)
親愛なるサックス博士、
我々は、多くのウクライナ人を含む経済学者のグループで、ウクライナに対するロシアの戦争についての貴兄の発言に愕然とし、貴兄の一連の議論における歴史認識の誤りと論理の誤謬の幾つかに対処するために、本オープンレターを書かざるを得ないと考えた者たちです。貴兄がロシアの主要な宣伝者の一人であるウラジーミル・ソロヴィヨフ(彼は、ウクライナの都市を地球上から一掃することを呼び掛けたほか、NATO諸国への核攻撃を呼び掛けました)のトークショーに何度も出演したことを受けて、我々は貴兄の個人のウエブサイト上の論説をつぶさに拝見し、繰り返される幾つかのパターンに気付きました。以下では、そうした虚偽の記述を、我々の簡単な応答も含めて貴兄に指摘したいと思います。

後続の本文では、サックスの虚偽として5つのパターンが指摘されている(以下ではサックスの記述についての指摘は拙訳、それに対するオープンレター側からの反論については概要を記述)。

  1. ウクライナ政府の否定
  2. NATOがロシアを挑発した
    • 貴兄は、NATO拡大がロシアを挑発した、ということを繰り返し強調しています(例えば、ニューヨーカーのアイザック・チョティナーの2023年2月27日のインタビューで「NATOは拡大すべきではない、それによってロシアの安全保障を脅かすからだ」)。
    • オープンレター側からの反論:ポーランド、バルト諸国、ルーマニアハンガリーチェコスロバキアは、ロシアないしソ連を侵略したことがないにもかかわらず、過去に一方的に攻撃された。それが彼らがNATO加盟を望んだ理由。ウクライナもそれらの国と同様の安全保障と平和を望んでいる。また、フィンランドスウェーデンNATO加盟申請にロシアも貴兄も文句を付けていないが、そうした扱いの差は、時代遅れの帝国主義的な「影響圏」の考えを正当化するもの。
  3. ウクライナの国家の一体性を否定
    • 2022年12月6日のデモクラシー・ナウ!のインタビューで貴兄は「ということで、私の見方では[…]クリミアは歴史的に、そして今後も、実効的に、少なくとも事実上、ロシアのものである」と述べました。
    • オープンレター側からの反論:ロシアのクリミア併合は、ブダペスト覚書、ウクライナとロシアの友好協力条約、および国際法と国連の基本原則に反するものだった。クリミアを譲ればウクライナの他の地域は平和が保たれるという暗黙の仮定を貴兄は置いたようだが、2014-2022年のクリミア支配は現在のロシアの侵攻を押しとどめる上で何ら役に立たず、むしろさらなる軍事攻撃の跳躍台となった。従って、ウクライナが全土の支配を回復することはウクライナのみならず全ての国の安全保障にとって極めて重要(侵略者に領土を与えないという教訓を強化するため)。また「ウクライナへのNATOの進出をロシアは決して受け入れない」と貴兄は述べたが、ウクライナNATO加盟の決定権は、民主的な政府を持つウクライナ自身とNATO加盟国にあり、ロシアにはない。
  4. クレムリンの和平案を推進
    • 前述の「ウクライナアフガニスタンから何を学ぶべきか」という記事で貴兄は「和平のための基盤は明確である。ウクライナは中立的な非NATO加盟国になり、クリミアは1783年以降そうであったようにロシアの黒海艦隊の母港であり続ける。ドンバスについての実際的な解決法は、領土分割、自治、もしくは軍事境界線といったものになるだろう」と書きました。
    • オープンレター側からの反論:クリミアとドンバスを割譲すれば、ウクライナなど存在しないと主張する好戦的な国が矛を収める、と信ずべき根拠はない。プーチンの政治顧問の一人であるティモフェイ・セルゲイツェフは、ウクライナ国家の破壊と数百万人の処刑、およびそれ以外の国民の再教育を求めており*2、ロシアの今の恐るべき戦争犯罪はその声明に沿うものとなっている。
  5. ウクライナを分裂国家と描写
    • ウクライナアフガニスタンから何を学ぶべきか」で貴兄はまた、「米国はウクライナの2つの厳しい政治的現実を見落とした。一つは、ウクライナ西部のロシア嫌いのナショナリストと、ウクライナ東部およびクリミアのロシア系住民との間で、ウクライナが民族的および政治的に深く分断していることである」と書きました。
    • オープンレター側からの反論:これはロシアのレトリックに沿った発言だが、実際の実証的事実と歴史を見るべき。1991年にはクリミアを含むウクライナの全地域が独立を支持する投票をした。2001年の国勢調査では、クリミアを除く全地域でウクライナ人が多数派だった。クリミアでロシア人が多数派になったのはジェノサイドや追放の結果であり、そうしたことをロシアは他の地域でも行い、現在も占領地で行っている。そのような浄化政策に加えて、よりソフトなロシア化政策も推し進めているが、これらの行為はむしろウクライナ人のウクライナ人としての意識を高めている。最近の世論調査では、言語や地域にかかわらずウクライナ人の80%がロシアへの領土割譲を拒否しており、85%が自分をウクライナ人と考えている。これは分裂国家とは言えない。

オープンレターは以下の言葉で締め括られている。

In summary, we welcome your interest in Ukraine. However, if your objective is to be helpful and to generate constructive proposals on how to end the war, we believe that this objective is not achieved. Your interventions present a distorted picture of the origins and intentions of the Russian invasion, mix facts and subjective interpretations, and propagate the Kremlin’s narratives. Ukraine is not a geopolitical pawn or a divided nation, Ukraine has the right to determine its own future, Ukraine has not attacked any country since gaining its independence in 1991. There is no justification for the Russian war of aggression. A clear moral compass, respect of international law, and a firm understanding of Ukraine’s history should be the defining principles for any discussions towards a just peace.
(拙訳)
最後に、我々は貴兄のウクライナへの興味を歓迎します。しかし、もし貴兄の目的が助けとなること、戦争を終わらせる方法について建設的な提案を生み出すことにあるのであれば、その目的は達成されていない、と我々は考えます。貴兄の介入は、ロシアの侵攻の起源と意図についての歪められだ構図を提示しており、事実と主観的な解釈を混在させており、クレムリンの言葉を喧伝しています。ウクライナ地政学的なポーンでも分裂国家でもなく、自らの未来を決定する権利を有しています。ウクライナは1991年に独立を獲得して以来、他の国を攻撃したことはありません。ロシアの侵略戦争を正当化することはできません。明確な道徳上の羅針盤国際法の尊重、およびウクライナの歴史の確固とした理解が、正しい平和への議論のすべてにおいて明確な原則となるべきです。


ちなみにこのオープンレターは、3月21日にタイラー・コーエンが「Group of very smart (but largely non-elite) economists write an open letter to Jeffrey Sachs」というコメントを添えてMRブログでリンクしている*3

なお、コーエンは昨年の10月にMR読者からの要望に応じてサックスについて書いており、彼の経済学者としての功績は過小評価されているがノーベル賞に値すると評価する一方で、コロナウイルスの研究所からのリーク仮説とロシアに関する最近の言動は極めて好ましくない、と述べている。

*1:デロングとサックスのサマーズやシュライファーおよびロシア絡みの因縁はサックス VS シュライファー - himaginary’s diary参照。

*2:cf. ロシアはウクライナに対して何をすべきか - Wikipedia

*3:ただしリンク先はVox Ukraineのページで、デロングがリンクしたUCバークレーのページとは異なる。