ヌリエル・ルービニが、経済学者が政治学に嘴を挟むのは個人的にあまり好きではない、というジャレッド・バーンスタインの言葉に挑戦するかのように、地政学について論考したProject Syndicate論説を書いている。そこで彼は、EU解体の可能性、ロシアの外交攻勢、中東の混迷、北朝鮮問題、中国の領海問題、といった様々な地政学リスクが存在するにも関わらず、なぜ金融市場がそうしたリスクを無視して高値を更新しているのか、について以下の4つの説明を挙げている。
- 中東で紛争が起きていても、石油の供給には影響は出ておらず、米国のシェールガス革命によって低価格エネルギーの供給は増えている。1973年の第四次中東戦争や1979年のイランのイスラム革命や1990年のイラクのクウェート侵攻では、石油供給ショックが世界的なスタグフレーションと株式市場の下落をもたらした。
- 投資家たちは、911などの過去の経験を基に、ショックが起きても政策当局者が金融と財政の強力な緩和策によって経済と金融市場を支えるだろう、とみている。当時そうした政策によって資産価格は数日ないし数週で元に戻ったため、ショック後の市場の下げはむしろ買い場となった
- 2014年にロシアがクリミアを併合し東ウクライナに侵攻した後のロシアとウクライナのように、実際に局所的な資産市場ショックを受けた市場は、経済的に小さく、米国や世界の金融市場に影響を及ぼすに至らなかった。同様に、仮に英国がハードブレグジットを追求したとしても、世界全体のGDPの2%の話に過ぎない。
- これまでのところ世界は地政学的なテールリスクを免れている。主要国同士の直接的な軍事衝突は起きていないし、EUもユーロ圏も崩壊していない。米国のドナルド・トランプ大統領の過激なポピュリスト政策はある程度抑えられている。中国経済もハードランディングには至っていない。
その上でルービニは、市場はそもそもブラックスワン的な出来事――起きる可能性は低いが、起きると高く付く出来事*1――を価格付けできない、という考察を示している。市場は911を予見できなかったし、仮に投資家が大規模なテロが起きると考えたとしても時期までは予見できない、とルービニは指摘する。
現時点でブラックスワン的な出来事に転ずる可能性がある候補としてルービニは、米国と北朝鮮の睨み合いを挙げている。ただし市場は以下の理由によりその可能性を敢えて無視している。
- トランプがいかに吠えようとも、現実に米国が採れる軍事オプションはあまりない。米国が攻撃すれば、北朝鮮は、韓国の人口の半分近くが住むソウルとその周辺を通常兵器で薙ぎ払ってしまうだろう。
- 投資家たちは、限定的な交戦があったとしても、全面的な戦争には発展せず、緩和政策によって経済と金融市場へのショックは和らげられるだろう、と考えている。このシナリオでは、911の時と同様、当初の市場の下げは結局は買い場となる。
だが、ブラック・スワンに転じる可能性のある別のシナリオもある、とルービニは警告する。そこで彼は次の2つの可能性を挙げている。