研究と政策の相互依存関係

と題されたリンダウ・ノーベル賞受賞者会議での講演(原題は「The interdependence of research and policymaking」)の結論部で、マリオ・ドラギECB総裁が、過去10年の経験から得られたという5点の教訓を挙げている(H/T Mostly Economics)。

  1. 突然のショックは、これまで見過ごされてきた経路を通じて、我々の政策の枠組みの欠点を露わにし、既存の理論の説明力に課題を突き付けることが多い。しかし、研究者が実施し政策担当者が受け入れてきた分析は、政策対応を設計する上で基本的なものであり続ける。
  2. 厳密な研究に基礎を置く政策対応は、政治的妥協によって損なわれる可能性が低く、一般市民への説明も容易である。
  3. 「事実が変われば、私も考えを変える。貴兄はどうする?」というケインズの言葉がよく引用されるが、実際のところ、政策担当者にとって事はそれほど単純ではない。事実の変化が政策対応を必要とするものか、それともいわゆる精査をする必要があるものかを決める際に、研究は役に立つ。
  4. 10年前のように世界が変わった時には、政策、とりわけ金融政策は、調節が必要となる。そうした調節は決して容易なものではなく、説明力を完全に失った従来のパラダイムを守ろうという意識に妨げられることなしに、新たな現実を曇りのない目で偏見なく正直に評価することが要求される。
  5. 知識には未だに限界があることを認めねばならない。例えばショックの非線形的な伝搬や政策の分配への影響、あるいは内生的な企業の参入・退出が経済の状況にどのように影響するか、について主流派マクロ経済学モデルは未だにほとんど何も言えない。過去10年間に金融政策や規制監督でとられた政策対応は世界経済を回復させたが、新たな課題への準備は怠るべきではない。

以下は本文からの引用。

The financial sector played a significant role in not only propagating but also originating negative shocks to the economy. Financial frictions – largely absent from both the pre-crisis experience of developed economies and the canonical macroeconomic models – had become major drivers of the recession. The resulting crisis prompted academics to reassess existing economic paradigms and policymakers to adjust their frameworks. The rediscovery of the notion that policy may have a role in coordinating private expectations at times of severe uncertainty played a major part in the transition to today’s post-crisis world.
A number of significant academic contributions during the 1980s had focused on the way optimal individual behaviour could change depending on what individuals expect other private agents to do.
The presence of this interdependence between agents, or as it is called, strategic complementarity, leads to multiple outcomes. Each of these outcomes is a rational equilibrium, but ones that differ in their implications for social welfare. Panic-based bank runs and panic-based sovereign debt crises are examples of policy intervention being needed to avert “bad” outcomes during a financial crisis.
(拙訳)
金融部門は負のショックを経済に伝搬するだけでなく、そのショックを作り出す上でも主要な役割を担った。金融摩擦は、危機前の先進国経済における経験からも標準的なマクロ経済モデルからもほぼ欠落していたが、景気後退の主要要因となった。その結果として起きた危機は、経済学者による既存の経済学のパラダイムの再評価と、政策当局者による政策枠組みの調節を促した。深刻な不確実性の時期には、政策が民間の期待を調整する役割を果たし得る、という概念の再発見は、今日の危機後の世界においては主要な役割を演じている。
1980年代の学界における多くの重要な研究は、他の民間主体の行動についての予想によって個人の最適行動がどう変化するか、ということに焦点を当てた。主体間のこうした相互依存は、戦略的補完性と呼ばれるが、複数の帰結をもたらす。それらの帰結はいずれも合理的均衡であるが、社会厚生にとっての意味合いはそれぞれ異なる。パニックによる銀行取り付け騒ぎや公的債務危機は、金融危機における「悪しき」帰結を回避するために政策介入が必要となる例である。