トランポノミクスはどのような結果を出すか?

トランプが掲げる経済政策のうち、関税、不法移民の国外退去、減税の3点の帰結について考察した表題のPIIE記事(原題は「How will Trumponomics work out?」)をブランシャールが上げている(H/T 本人ツイート)。以下はその概要。

  • 関税
    • 中国に60%、欧州に10%の関税を公約。交渉の糸口であり、欲しいものが手に入ったら引っ込めるだろうという人もいるが、関税収入を好んでいることもあり、実行するのではないか。
    • 当初は概ね彼の望み通りになるだろう。米国の輸入は低下し、関税収入は増加する(ただし税の基盤たる輸入が減るので、彼が予測するほどは増えないだろう)。貿易赤字も減少する。
    • しかし、話はそこで終わらない。たとえ中国や欧州からの報復関税が無かったとしても、海外財から国内財への需要のシフトが物価を押し上げ、FRBはインフレ抑制のため金利を引き上げる。高金利と貿易収支の改善により、トランプの望みとは逆にドルは増価する。米国の輸出は鈍化し、貿易赤字の改善は限られる。
    • 中国や欧州からの報復関税があれば、米国の輸出は一層鈍化し、貿易収支は全く改善しないだろう。輸出入ともに減少することで、経済活動も低下する。それでもなお、関税はインフレと金利を押し上げる*1
    • これに対し、トランプの性格からすると、さらなる関税引き上げで対応しそうである。しかし輸出業者の反対とさらなるインフレ効果への懸念により思いとどまるだろう。かといって関税引き下げはしそうにないので、関税はそのまま、となりそう。
    • 当初の好ましい効果は2026年の中間選挙の頃まで続いた後に消えていき、その後は貿易が減少したことによるマイナスの効果、即ち比較優位の活用の低下が残るのではないか。
  • 移民
    • 不法移民の強制送還を公約。対象は1100万人と推定され、年100万人を強制送還するとされている。
    • 米国の雇用人口は約1.6億人なので、年間100万の強制送還はその0.5%に相当し、最終的な減少幅は5%になる。求人は急上昇して高止まりし、V-U比率も高止まりして持続的なインフレ圧力となる*2FRBは利上げし、為替は増価する。再び、トランプの望まない結果になる。
    • 特に農業、建設、外食の雇用者で不満が高まり、強制送還のペースは緩和されるだろう。インフレ上昇もトランプに再考を促す。最終的には強制送還は数百万ではなく数十万の規模になるのではないか。
  • 課税
    • 2017年に実施された減税の延長を公約。これは実行される可能性が高い。
    • そのほか、社会保障給付金とチップの完全無税化、州・地方税控除枠の拡大、2017年に35%から21%まで引き下げた法人税を製造業企業についてさらに15%まで引き下げること、を公約している。これらの追加パッケージは共和党の下院の保守派に反対されて縮小されるだろうが、それでも相当の財政支出となる。
    • 現在、連邦政府の債務はGDPの100%であり、財政赤字は約6.5%、基礎的財政赤字は約3.5%。2017年減税が期限切れになれば、2025年の財政赤字は約1%改善する。しかしそれでも、CBO予測によれば約3%の基礎的財政赤字が続く。トランプの施策が実施されれば、その数字は1-2%拡大して4-5%の基礎的財政赤字が続くことになり、債務GDP比率は急速に増加していくだろう。
    • 金利と成長率が大体同じと仮定するならば、債務GDP比率を安定させるためには、GDPの4-5%の基礎的財政赤字の縮小が必要になる。これは財政赤字の16-20%の縮小に相当し、非常に大きな数字である。また、法人減税による景気押し上げが財政赤字を顕著に減らすと考える根拠は乏しい。
    • トランプが公約を全て実行した場合の問題は、投資家が米国債の無リスクの地位に疑念を抱くようになるまでどのくらいかかるか、である。それが彼の任期中に起きるかどうかは誰にも分からないが、もしそれが生じて投資家がリスクプレミアムを価格に織り込むようになれば、政策の財政規律を促すかもしれない。
    • リスク問題を措くとしても、完全雇用に近い経済でのさらなる財政拡大は、インフレを招く可能性が高い。これもFRBの利上げとドルの増価をもたらし、FRBとの暗闘につながる。
  • 関税、強制送還、減税のいずれについても、結局はFRBがどう行動するかが大きな問題になる。
    • 従って、トランプがFRBの使命を放棄させて、高インフレの下でも低金利を維持させられるかどうかが大きな問題。ジェイ・パウエル議長は、2026年5月の任期満了まで議長の座に留まり(理事としては2028年まで)、使命を全うすることを明確にした*3。現職の理事も同じ路線と思われるが、2026年1月には席が一つ空くので、トランプはもっと従順な人を指名することができる。可能性は低いが、その結果FRBがトランプに従うようになれば、低金利と経済の過熱と高インフレがもたらされることになる。高インフレの不人気と、FRBの独立の喪失への金融市場の反応を考えれば、トランプはこうした選択を躊躇するのではないか。
  • 今回取り上げなかったテーマとしては、規制緩和(特に金融システム関連)、エネルギー政策、暗号資産業界の完全な自由化、および、経済的不確実性の上昇が投資と消費に与える影響、がある。
    • 強いて自分の予測をまとめるならば、バイデン政権の遺産の高成長のお蔭でトランプ経済は暫くは良く見えるだろう*4。2016年に一部の人が行ったような、カタストロフや株式市場の崩壊が直ちに起きるという予測は賢明ではない。しかし当初のプラスの効果は、トランプの任期中にいずれ減衰し、おそらくは反転するだろう。

*1:原文リンク:https://www.piie.com/publications/working-papers/2024/international-economic-implications-second-trump-presidency

*2:原文リンク:https://www.piie.com/blogs/realtime-economics/2024/mass-deportations-would-harm-us-economy

*3:原文リンク:https://www.wsj.com/economy/central-banking/fed-cuts-rates-again-as-election-reshapes-growth-outlook-99d48e83

*4:ブランシャールは、「the perceptions of voters in the last election notwithstanding, the Biden administration has left the Trump administration a strong US economy, a precious gift in this context」と書いている。これはトランプ当選に対するアセモグルの反応・その2 - himaginary’s diaryで紹介した連ツイでアセモグルが指摘した点でもある。