6日のトランプの関税引き上げ決定を受けて、バリー・アイケングリーンとダニ・ロドリックがそれぞれ12日と10日のProject Syndicate論説で貿易戦争の帰趨について論じている。アイケングリーンは、貿易戦争の影響はまだ顕在化していないが、これから表面化する、と警告している。一方、ロドリックは、貿易戦争はまだ防げる、とアイケングリーンに比べてやや楽観的な見方を示している。
アイケングリーンは、米国の輸出入と海外投資の1兆ドル近い金額が貿易制限の対象になりそうな現在、経済や金融にまだ影響があまり出ていない理由として、以下の3つの説明候補を挙げている。
- 企業の購買担当者や株式投資家は、最終的に皆が正気に立ち戻ることに賭けている。
- 彼らは、トランプの脅しが単なるこけおどしであること、もしくは、米商務省や各種経済団体の抗議が最終的に通ることを望んでいる。
- 市場は、貿易戦争に勝つのは容易である、というトランプの言葉が正しいことに賭けている。
- 対米輸出への依存度が高い他国は引き下がるのではないか。実際、7月初めに欧州委員会は、トランプが米国の4倍と文句を付けた自動車関税を引き下げることを検討している、と報じられた。
- 米国の関税と外国の報復が完全に実現したとしても、マクロ経済への影響は小さい。
- 代表的な米経済モデルによれば、輸入コストの10%の上昇は、最大0.7%のインフレ上昇を一度引き起こすに過ぎない。それによって成長が鈍化したとしても、FRBは利上げのペースを緩めることで対処でき、他の中銀も同様。
しかし、そのいずれも成立しない、とアイケングリーンは言う。
- 正気論者は、トランプ関税が支持基盤に受けているという事実を無視している。
- 他国が引き下がる気配はない。
- 中国は米国の圧力に屈する素振りを見せていない。
- 最も慇懃とされるカナダでさえ、米製品の120億ドル相当に25%の報復関税を掛けた。
- EUが譲歩を検討するのは、米国がピックアップトラックやバンへの高関税撤廃など何らかの見返りを提供し、かつ、日本や韓国が共に譲歩する場合のみだろう。
- 標準モデルは貿易戦争のもたらす不確実性のマクロ経済への影響を捉えていない。
一方、ロドリックは、アイケングリーンが2番目に挙げた他国の行動に望みをつないでいる。というのは、ケインズ革命前で財政政策の効用が認識されていなかった1930年代には、保護主義により需要を自国財に振り向けることに一分の理はあったが(ただし皆が保護主義に走ればそれも意味がなくなるどころか状況は悪化することになるが)、今は財政金融政策で保護主義などよりもうまく雇用を安定させることができるからである。また、保護主義には輸入商品の世界的な価格を抑え、関税を反映した自国の価格を上昇させ、国の関税収入を高める、という交易条件効果もあるが、欧州も中国もそうした収入に興味があるわけでは無い。よって報復に走らず、あくまでもWTOなどの多国間の枠組みで解決を図ることが、自らの利益の上でも原則の上でも欧州と中国の採るべき道である、とロドリックは説いている。
ロドリックはまた、たとえ個々の企業が米市場の縮小によって打撃を受けるとしても、米市場の縮小は米国の競合企業の減少をも招くものであり、それによって機会を得る企業もあることを無視するべきではない――これは経済学者が良く指摘する、自由貿易により一部の企業は打撃を受けるが全体的な便益は上昇することを無視すべきでは無い、というのと逆の話である――と指摘している。