ECBに自由に仕事をさせよ

EFG銀行のチーフエコノミストで元アイルランド中銀副総裁のStefan Gerlach*1が、「Time to Untie the ECB’s Hands」と題したProject Syndicate論説で、ECBにタカ派的な姿勢を求める人々を厳しく批判している(H/T Mostly Economics)。

The ECB defines price stability as inflation “below, but close to, 2% over the medium term.” That is a lower inflation rate than even the Bundesbank achieved during its celebrated pre-euro history, and it is a tighter target than virtually all other central banks pursue. For some, too much of a good thing is apparently wonderful.
...for those in favor of the ECB’s “stability-oriented monetary policy” – a term suggesting that others disregard the risk of monetary instability – the price-stability objective has evidently become too constraining. From their perspective, asset purchases never should have happened, and interest rates should have been raised long ago, despite the eurozone’s too-low rate of inflation.
It is safe to assume that those who hold this view were highly supportive of the ECB’s hardline price-stability objective. They would contend that low interest rates raise financial-stability risks that grow more acute with time. That is probably true. And yet it ignores the fact that raising interest rates prematurely can also fuel financial instability. In any case, the argument is moot, because the ECB’s mandate rules out any rate increase that could conflict with price stability.
Of course, those in favor of higher interest rates would counter that inflation of 1% or even less is in fact “close” to 2%, implying that price stability has been achieved and monetary policy can be tightened. In other words, they do not share the view that “close to 2%” means something in the range of 1.7-1.9%.
(拙訳)
ECBは、物価の安定を「中期的に2%以下だがそれに近い」インフレ、と定義している。これは、かのブンデスバンクが誇るユーロ以前の時代に達成したインフレ率よりも低く、事実上、他のどの中銀が追求する目標よりも厳しい。良いことを過剰なものとすることは、ある人にとっては素晴らしいことのようである。
・・・ECBの「安定志向の金融政策」――この言葉は他の中銀は金融が不安定化するリスクを無視していることを示唆しているようであるが――を好む人たちにとっては、物価安定目標は明らかに制約的になり過ぎた。彼らの視点からすると、資産購入はそもそも行うべきでは無かったのであり、ユーロ圏のインフレが低過ぎようが、金利はとっくに引き上げられているべきであった。
こうした見解を持つ人々は、ECBの強硬な物価安定目標を大いに支持する、とみて良いだろう。彼らは、低金利は金融の安定性に関するリスクを増大させ、それは時間が経つにつれ深刻なものとなる、と主張する。おそらくそれは事実だろう。だがその主張は、早過ぎる利上げもまた金融の不安定性を増幅させ得る、という事実を無視している。いずれにせよ、この議論は不毛である。というのは、ECBの任務上、物価の安定性と齟齬を来すような利上げはすべて排除されるからである。
もちろん、金利引き上げを望む人たちは、1%ないしそれ以下のインフレでも2%に「近い」のだ、と反論するだろう。物価の安定は達成されており、金融政策は引き締めに転じ得る、というわけだ。言い換えれば、彼らは、「2%に近い」ということは1.7-1.9%程度である、という見方を共有してはいない。

この後Gerlachは、低インフレの害――実質金利を高めて債務者の破綻確率を高めるほか、ゼロ金利に到達する確率を高める――を説き、低金利が貯蓄者にとって有害だという主張に対しては、ECBの使命は貯蓄者や金融業界を利することには無い、と反論している。そして、ECBの物価安定目標は、元々はユーロ圏をイタリア型のインフレから守るために設計されたものだったが、実際にはドイツ好みのデフレから守るように機能した、という警句を吐いている。とは言え、将来もそう上手く行くとは限らないので、非常時の目標の運用については柔軟性を持たせるべき、と彼は言う。ただ、物価安定の使命そのものはEU機能条約に埋め込まれていて、おいそれとは変更できないので、「中期的に2%以下だがそれに近い」というECBが独自に制定した文言を変えるべき、と彼は主張する。具体的には以下の2点を提案している。

  1. 曖昧さを伴う「それに近い」という言葉を削除する
    • その場合、目標が2%か1.8%か、それとも範囲であるかはそれほど重要ではない
  2. 「中期的に」の中期を正確に定義して、政策の対象期間を長くし、一時的に他の目標を追求できるようにする
    • 金融危機や深刻な不況はデフレ的であり、それらもまた物価の安定性を危うくするものなので、金融の安定性や景気の状態などを考慮して政策決定ができるようにする

*1:cf. アイルランド中銀副総裁退任時の日本語記事(有料)、直近のVoxEU共著記事
邦訳書:

ドル変動の経済学

ドル変動の経済学