ノーベル賞経済学者は格差拡大をどう見ているか

引き続きリンダウ・ノーベル賞受賞者会議ネタ。同会議では、格差に関する懸念が大物経済学者から相次いで表明された、とシティ大学ロンドンのSteve Schifferes金融ジャーナリズム教授がThe Conversation報告している(H/T Mostly Economics)。
以下は同記事に記された各学者の指摘の概要(括弧内は受賞年)。

  • ジャン・ティロール(2014)
    • 経済格差はそれ自体が「市場の失敗」の一形態。
    • 格差拡大の政治や社会への影響が、トップクラスの経済学者の関心をますます集めているのは確か。
  • ジェームズ・ヘックマン(2000)
    • 他の西側民主主義国に比べて米英で格差が急速に拡大した。富裕層を優遇する税制変更がその主因。
    • 社会の移動可能性がとりわけ所得の低い人で低下したことも懸念要因。
    • 過去数十年に急増した一人親家庭の多くが低所得であったことも、格差拡大に寄与した。
    • ワーキングプアの所得を引き上げるための賃金補助、および、一人親の労働市場への参入を促すための子育て補助を強く提唱。
  • ピーター・ダイアモンド、クリストファー・ピサリデス(2010)
    • 両者とも、今やユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)が望ましい、という意見。
    • ピサリデスは、ロボットとAIの急速な普及が多数の低技能職への脅威となっており、何らかの政府の介入なしではこれは格差拡大に寄与する、と考えている。UBIについては、最低賃金以下になるように注意深くカリブレートされて労働市場を乱すことがない限り、支持。
    • ダイアモンドは、米国の格差拡大はいま取り組むべき問題だと考えている。最近の論文で彼は、所得、富、貧困、社会の移動可能性といった格差の様々な指標において、米国が如何にアウトライアーであるかを示した。
    • ダイアモンドは、格差に関する議論は、政策の失敗に焦点を当てる助けになると考えている。即ち、教育や研究やインフラへの投資の欠如や、重厚長大産業での失業という形でグローバリゼーションのコストを担っている人に補償していないこと、である。そのほか、以下の見解を表明。
      • 子供を持つ人全員への児童手当やUBIといった直接移転は貧困解消に寄与する。
      • 一般に政策の最終目的は必ずしも富の再分配ではないものの、米国における政策課題については高水準の政府支出、およびそれを賄うための高所得者への増税が必要となる。
    • ダイアモンドとピサリデスはともに、ポリシー・ミックスの一環として富裕層への増税に前向き。
      • ダイアモンドは米国について、相続税を大きく引き上げることを提唱。
      • ピサリデスは英国について、住宅課税の強化を提唱。具体的には、現在は住宅は相続時にのみ課税されるが、住宅売却におけるキャピタルゲインへの課税を提唱。このことは、多くの若い人にとって手の届かないところまで上昇した住宅価格を抑制する助けにもなるだろう、と彼は考えている。
  • エリック・マスキン(2007)
    • 中印の急速な経済成長により国家間のグローバルな格差が縮小している一方で、発展途上国内の格差が拡大していることは大きな懸念材料。
    • このことは、貧困国の低技能労働者の賃金はグローバル市場への参加によって上昇する、としたデビッド・リカードの比較優位論に反している。その理論がもはや成立しなくなったのは、グローバルサプライチェーンやコミュニケーションネットワークによって企業が国境を無視できるようになったため、労働市場が国別の市場ではなくグローバルな統合市場になったことが原因。