地獄への道は善意で舗装されている:貿易協定版

1/29エントリでロドリックの反応を紹介したデロングVOX論説に、ジャレッド・バーンスタンも反応し、かなり慎重な言い回しながら、デロングに異論を唱えている。

以下はその概要。

  • 貿易協定は多くの人が思っているより製造業の雇用喪失への影響が遥かに小さい、というデロングの論は、指摘されて然るべき話。
  • しかし、政治家や有権者も含め大半の人が混同しているが、貿易協定と貿易は分けて考える必要がある。
  • 貿易の純ベースの便益がプラスであることは、デロングらと同じく、バーンスタンも確信している。それは米国だけでなく、貿易相手国、とりわけ富裕国との貿易によって生活水準を向上させる新興国についても同様である。
  • しかし、貿易協定の話とは別に(貿易協定についてもバーンスタインはデロングほど好意的ではないが)、デロングも認めているように、米国の貿易政策は多くの誤りを犯している。恒常的な貿易赤字、政府高官が強いドルを念仏のように唱えること(ただしトランプはそれを断ち切ったが)、そして最も重要なのは、恒常的な貿易不均衡が国土の一部の共同体に集中的に負の影響を及ぼしていることである。
  • この点における問題はデロングが示唆しているよりもさらに悪い。勝者が敗者に補償しないだけでなく、勝者が政治や政策を抱き込んで敗者をさらに傷つけているのである。トランプ、バーニー、そしてヒラリーでさえ「経済は不正操作されている」と言っているが、それはこの点を指している。成長の恩恵は(グローバリゼーションに起因するものも含め)その多くが富裕層に流れており、彼らはそのリソースを用いてさらに格差を拡大させるような政策を推進している(オバマケア廃止や来るべき逆進的な大減税が現在進行中の例)。トランプはそれを上手く利用した。政治家がNAFTA反対を訴える時、少なからぬ有権者反グローバリゼーションのメッセージに共感する。
  • 多くの人が貿易と安価な財を結び付けて考えることができていないのは事実だろう。しかし、実質賃金の停滞という形で多くの人がグローバリゼーションで傷ついている。それは貿易協定というよりも貿易の問題。ストルパー=サミュエルソン効果により、貧困国との貿易によって富裕国の低技能労働者が傷つく。
  • もちろん実質賃金の停滞は貿易だけのせいではなく、高学歴に有利な形での技術の変化、労働組合の加入率の低下、完全雇用の不在、最低賃金の陳腐化、金融部門の儲け過ぎなどが寄与している。しかしNAFTAや中国のWTO加盟がこれほど否定的に捉えられるのは、恒常的な貿易の不均衡を含むそうした構造変化によってあまりにも多くの人が傷ついていることの証左となっている。
  • しかし政策当局者は賃金や所得の停滞に対し無策なまま、次から次へ自由貿易協定を結んだ(ここでバーンスタインは、第一期オバマ政権で韓国との自由貿易協定を推進したことから、自戒の念も込めている)。大丈夫、今度の自由貿易協定はたくさんの職を創る、と約束しながら。もし職が創られなかったら、貿易調整支援があるじゃないか、とも彼らは言うが、それはデロングの言う「埋葬保険」のようなものである。
  • デロングは、職を失った人は大抵、所得や地位をそれほど下げなくて済む別の職を見つける、とも述べているが、それは慰めになっていない。
  • 最も恐るべきは、グローバル競争(や前述の他の賃金抑制要因)の負の側面を事実上無視することにより、善意のテクノクラート孤立主義的人種差別的排他主義に道を開いた点である。それが米国でトランプ大統領を誕生させた。米国以外もそれに続くかもしれない。
  • ということで、貿易協定が雇用にさして影響しなかった、というデロングの論は正しいとしても、雇用は多大な影響を受けた。貿易協定の影響を過大視するべきでないとしても、それを美化するべきでもない。所詮は国家間の貿易の方法を定めた法的・技術的な規則に過ぎない。そして、特許や著作権については企業に有利になり過ぎている、という懸念もある。
  • デロングの論の有益性は認めるとしても、彼の論に対する自分の反応をまとめると次のようになる:長期的な賃金の停滞に寄与した恒常的な貿易赤字、および貿易交渉の場における企業の支配的な影響の存在と消費者・労働者・環境保護主義者の声の不在とに鑑みると、そうした貿易協定が、労働者階級の多くにとって悪い方向に働いた様々な要因の象徴になるのもさして奇妙なことではない。
  • それが自分の主たる政治経済的主張であるが、他に以下の点を指摘しておく。
    • デロングはTPPの2032年時点における恩恵についての国際貿易委員会の試算を引用しているが、それはその時点での1ヶ月分の実質成長に過ぎない。15年後の話であるし、信頼区間を考えれば無きに等しい効果ではないか。
    • 恒常的な不均衡や強いドルの果たした役割についてのデロングのマクロ経済的評価は的を射ており、重要である。それがバーナンキの貯蓄過剰仮説の言うように、信用バブルに貢献した点は追加で指摘しておきたい。
    • デロングは、証拠もなく、NAFTAや中国のWTO加盟によって失われた低賃金の職は大体において我々がそもそも欲してはいなかった職、と述べている。しかしそれは、製造業部門のブルーカラーの実質賃金が1980年以降事実上フラットであることと矛盾している。