1月の国境税調整を巡る話では大筋で意見が一致していたクルーグマンとマンキューが、トランプ減税を巡って相反する見解を示した。
- グレッグ君
- 世界金利が外生的な開放経済で資本税を減税すると、減税分と賃金増加分の比率は幾らになるか、という現下の話題と関係する読者への練習問題を考えたよ。最初にメールで正解した人はブログで発表するね。ちなみに、ラムゼイモデルの定常状態でも同じ計算が成立するんだ。その場合、世界金利は時間選好率になるんだけどね。
[追記] 自ブログで同様のことを考えていたケイシー・マリガンが最初の正解メールをくれたよ。正解は1/(1-税率)だね。だから税率が1/3の時に1ドル減税すると、(静学的な分析では)賃金は1.5ドル上昇するんだ。あと、1991年のデロング=サマーズ論文の資本には正の外部性があるという話が正しいとすると、上昇は1.5ドルよりも大きくなるね。
- ポール君
- トランプ減税の先行きに今以上に追加的な事実や分析があるとは思われない。減税推進派にとってさえ、富裕層への恩恵が莫大で、中間層の恩恵は無きに等しく、財政赤字を大きく押し上げることは明白だろう。むしろそれが目的で、資金提供者の階層に大きく報いると同時に、将来の財政赤字は社会保障削減の言い訳に使われるのだろう。
とは言え、法人減税の影響を巡る議論には興味深い点もある。ただ、ラムゼイモデルが持ち出されたことで話が幾分混乱しているけどね(初心者のために一応説明しておくと、ラムゼイモデルは不死の消費者の最適貯蓄モデルだ)。この件では消費者の貯蓄は重要ではない。問題になるのは国際的な資本移動の可動性と、その影響だ。
法人減税は賃金にとって素晴らしいこと、という楽観的な見解は簡単な図で示すことができる。そして、その間違いもその図から簡単に理解できる。僕が思い付くのは以下の4点だ。
- 企業利益への課税の大部分は、資本の収益に対するものではない。それは独占的利益やその他のレントに対するものだ。そうしたレントが資本流入によって引き下げられるとは考えられないので、税による収益の低下は単なる収益低下に留まり、賃金に転嫁されることはない。
- 資本の移動性は完全には程遠い。
- 米国は小国開放経済ではなく、世界の収益率に影響を与えられる。また、前項とも関連するが、資本の供給曲線は間違いなく右上がりであるため、企業利益減税からの賃金の利得は小さくなる。
- 前から言っているように、これは、税引き後収益率が均等化するだけの十分な海外資本が流入した後の長期均衡に関する話だ。そうした話は工場を国境を越えて移設する形で起きるわけではなく、貿易赤字の裏としての資本流入によって起きる。すると実質為替相場が一時的に高くなり過ぎるわけだ。だが、我々がここで議論しているような調整をするだけの資本流入はかなり大きなものとなり、従って貿易赤字もかなり膨らむ。ということは、ドルの過大評価もかなりのものとなる。すると、そのこと自体が資本流入を妨げてしまう。ということで、これは何年も掛かる緩慢な過程なのだ。長期分析は、政治や政策に関連する時間軸において法人税が誰が負担するか、という話にとってはあまり良い指針とはならない。短期の時間軸では、減税はほとんど労働者に転嫁されない。
- 話は以上。経済学的議論に関して言えば、非常に難しい話というわけでもない。
[補足]
●マンキューが示したモデルは以下の通り。
開放経済の生産関数 : y = f(k)
ここでyは労働者一人当たり生産、kは労働者一人当たり資本。資本ストックは、税引き後の資本の限界生産物が、外生的に与えられる世界利子率rに一致するように調整される。
r = (1-t)f '(k)
賃金は労働の限界生産物で、オイラーの定理より
w = f(k) -f '(k)*k
となる。ここで税率tを引き下げる。f '(k)*kが税基盤なので、減税の静学的な(労働者一人当たりの)コストは
dx = -f '(k)*k*dt
となる。ではdw/dxはどうなるか、というのがマンキューの設問で、自身が追記で示した解答は以下の通り。
2番目の方程式
w = f(k) -f '(k)*k
において全微分を取ると
dw = -k*f "(k)*dk
となる。これは賃金の変化と資本の変化を関連付けた式である。dkを求めるために、最初の方程式
r = (1-t)f '(k)
を全微分する。すると、
dk = {f '(k)/[(1-t)*f "(k)]}*dt
が得られる。この式は資本の変化を税率の変化に関連付けている。これをdwの式に代入すると
dw = -[k*f '(k)/(1-t)]*dt
が得られる。この式は賃金の変化を税率の変化に関連付けている。ここでモデルの3番目の式を
dt = dx/[-f '(k)*k]
と書き直すと、税率の変化と静学的な歳入減少を関連付けた式となる。これを前式に代入すると
dw/dx = 1/(1 - t)
という結果が得られる。
[追記]
デロングが、マンキューのdxの式は誤っている、と指摘している。世界利子率が不変という第一の式によってf '(k)がtの関数になっているのに、それを無視している、という指摘である。それを考慮した税基盤はr*k/(1-t)なので、
dx = -[r*k/(1-t)2]dt = -f '(k)*k/(1-t)*dt
となる*1。従って、dw/dxは単に1となり、(マンキューが追記で紹介したAlan Auerbachのメールでの指摘の第一点通り)小国開放経済では労働が資本所得税の小さな変化を100%負担する、という標準的な結果に帰着する*2。
●クルーグマンが示した図と説明は以下の通り。
ここでの仮定は、対外的な資本の輸出入が可能な、労働力が一定の小国開放経済(労働力はこの議論では本質的ではない)。貯蓄も本質的ではないので省略し、資本ストックは資本の流出入によってのみ変化するとする。完全競争を仮定するため、生産要素は限界生産物を対価として得る。
図では資本ストックが横軸で、資本収益率が縦軸である。MPK曲線は資本の限界生産物で、労働力が一定なので資本量について逓減的である。MPK下の領域は、限界生産物を資本の連続的な単位について積分したもので、経済の実質GDPである。
当初、経済は所与の世界収益率r*に直面しているが、政府が税率tの利益税を課すと、税引き後でr*の収益を達成するために国内資本は r*/(1-t)を稼がなくてはならない。最初の均衡ではそれによって国内資本ストックの規模が決定される。
最初の均衡での実質GDPは、a+b+dとなる。所得の分配は、dが資本の税引き後収益で、bが利益税、残るaが賃金となる。
簡単化のため減税ではなく利益税の撤廃を考えると、均衡では資本ストックはΔKだけ増加し、GDPはa+b+c+d+eとなる(うちeは海外資本に帰属するので、GNPはGDPほど増加しない)。利益税の消滅によりbの歳入は無くなるが、賃金はa+b+cとなる。賃金の増加分はb+cで、歳入の減少分より大きい。法人減税万歳、というわけだ。
*1:マンキューが追記で紹介したコクランが指摘しているように、マンキューは税基盤の変化を税率のマイナス方向の変化に対してプラスになるように定義しているほか、この計算ではdk/dtは無視されている。ただし、コクランもデロングが指摘したマンキューの過ちは見逃している。
*2:Auerbachの指摘の第二点(=一次の死荷重によって増税負担分が歳入増加分を超過している)は、マンキューの誤謬を正当化しようとしている点で誤っている、とデロングは指摘している。というのは、一次の死荷重によって増税負担分は歳入増加分を確かに超過するが、マンキューの主張は、死荷重項の変化が分配項の変化に比べて僅かであるような税率の微小変化でも賃金増加分と歳入減少分の比率が1/(1-t)になる、というものであり、それは単に歳入減少分の計算誤りによるものだから、との由。クルーグマンの図に即していえば、b+cは確かにbを上回るが、tの変化が微小な場合はcの変化はbの変化に比べて無視できるものとなり、賃金の増加と歳入の減少はイコールになる、ということになろうか。