以前、法人減税がどの程度の賃上げにつながるかについてクルーグマンやマンキューやサマーズやファーマンやマリガンやデロングが議論を繰り広げていたが(cf. ここ、およびその後続記事)、クルーグマンが改めてその問題を表題の記事(原題は「Tax Cuts and Wages Redux (Slightly Wonkish)」)で論じている。
そこで彼は以下の3種類の説(および現象)を紹介している。
- 楽観論者の説
- ケビン・ハセットやTax Foundationは以下のような説を唱えていた。
- この説には幾つかの問題がある
- 米国は、その規模だけから言っても、世界からの完全に弾性的な資本供給に直面しているわけではない。長期においても、減税は税引き後利益を引き上げるだろう。
- 我々は完全競争からは程遠い。企業利益の多くは何らかの独占レントによるものであり、資本流入による競争でそのレントが無くなることは期待できない。
- 仮に楽観論者の説に一理あるとしても、それは長期の話であり、短期では資本ストックの顕著な上昇は見られず、賃金の上昇は期待できない。
- 賃金上昇がすぐに起きるのは、以下の2つのことが当てはまる場合のみ
- 企業が極めて競争的な環境にあるわけではないため、賃金設定にある程度の自由度がある
- 労働者の幸せを維持することに利益の最大化を超えた便益がある(善意、嫌われたくない心理、等)
- 労働組合が強力で、大企業が利益の最大化だけを追究するのではなく、複数のステークホルダーの存在を重視していた時代にはそうしたことがあったかもしれない。しかし今はそうした心理が逆効果に働く恐れがある(説3参照)。
- 現時点までに起きたこと
- 減税は労働者に回されず、自社株買いに使われている。
- 減税論者でも、自説の分析の論理をきちんと追った人は減税が賃金上昇にすぐには回らないことは分かっていたはず。だが、彼らは資本流入による投資の増加を予想しており、減税分をそのまま投資家に返すことは予想していなかった。
- 今のところ、ディーン・ベーカーが指摘するように、投資ブームは起きていない。また、減税による資本流入が起きたならばドルが上昇するはずだが、ドルは減税後にむしろ弱まった。
- これまでに起きたことは、企業利益においては独占レントが大きな構成要素となっている、という説と整合的である。その場合、企業は大幅減税を受けても、投資に回すことも労働者に回すこともなく、懐に入れるだけである。
- 減税が賃下げにつながる可能性
- 1960年代から1990年代に掛けて役員報酬が大きく上昇した理由についての研究は数多くあるが、その中でPiketty=Saez=Stantcheva*1などが提示した説は、CEOが自分の報酬を抑えたのは労働者や顧客と上手くやっていくため、というものだった。そして、そうした自己抑制の一因は、限界税率が高かったため、報酬を高くしても実際に手にする金額はそれほど多くならなかった、という点にあった。
- 従って、限界税率が下がったことにより強欲の報酬が上昇し、悪評覚悟で自分の報酬を増やす動機が高まった。
- ここで法人税率が下がると、競争的な労働市場に直面していない企業にとっては、賃下げによって労働者を搾取することが以前より心理的に容易になる。労働者の搾取が税引き前利益を引き上げることは前から分かっていたものの、その利益の上昇分のうち国税局に回る分が少なくなれば、実行に移す心理的葛藤が少なくなるため。