税制改革の10の嘘

トランプ減税の売り込みに当たって吐かれた10の嘘をクルーグマン挙げている

  1. 米国は世界で最も税金の高い国である
    • トランプは自らの力を誇示するためか何回もこの嘘を繰り返すが(直近はここ)、実際にはGDPに対する税金の比率はOECD平均が34.3%に対し米国は26.4%である。
  2. 相続税によって農家やトラック輸送業者が一家離散の憂き目に遭っている
    • 1970年代後半に免税水準が現在価値にして約200万ドルに引き上げられて以来、農家に関するそうした事例は一つも無いのではないか。
    • トランプは農家に加えてトラック輸送業者がそうした憂き目に遭っているとしたが、対象は1100万ドル以上のトラックを抱えている業者になる。
    • Center on Budget and Policy Prioritiesによれば、実際には270万件の遺産のうち相続税を支払うのは0.2%の5200件で、さらにそのうち小農家や小企業は1%の50件である。輸送・倉庫業GDPの3%で、農業が1%未満であることを考えると、相続税を支払うトラック輸送業者は年に2,3件で、農家はいないのではないか。
  3. パススルー団体への課税は小企業にとって負担となる
    • 米国の企業の大部分は、少なくとも課税上は、利益税の支払い義務がある法人ではない。パートナーシップ、個人事業主、S法人が大部分を占める。その収益は「パススルー」され、所有者の個人所得の一部として課税される。
    • トランプは、パススルーの収益について所有者が単に25%の税金を払い、それ以上の税金は払わない、という変更を計画している。勤勉な小企業オーナーの負担軽減というのがその名目。
    • しかし、Tax Policy Centerの説明によれば、パススルー団体を保有する中所得家計の多くは企業を経営しているわけではなく、それらの団体経由の所得はごく一部であり、内容は別荘の貸し出し収入や、eBayでの小物の売却収入である。
    • 対照的に、パススルー団体を保有する医者や弁護士やコンサルタントやその他の専門職、およびヘッジファンドや投資企業のパートナーといった高額所得者は、そうした団体経由で多額の収入を得ている。トランプ案で大きな利益を受けるのは彼らである。
    • 米国人の圧倒的多数はそもそも税率が15%以下であるため、仮にパススルーを持っていたとしてもトランプ減税は何の意味もない。一方、高所得者は、払うべき税率が現在の限界税率39.6%から25%に下がるため、大きな恩恵を受ける。彼らは所得の多くをパススルー経由に振り替えるだろうが、それは小事業創造にも雇用追加にもつながらない税回避に過ぎない。実際にカンザスで似たような政策を実施した時にはそうしたことが起きて、州の財政悪化の大きな要因となった。
    • 即ち、これは小企業への税控除ではなく、富裕な人々への税控除である。
  4. 利益税の減税は実際には労働者を潤す
    • 誰が最終的に税を負担するか、は頭の痛い問題で、税の専門家でさえ世界資本市場が持つ意味を完全には捉えきれていないように思われる。
    • 法人減税を行った場合に何が起きるかを考えるのが混乱を避ける早道。直接の効果は企業の資金が増えることだが、彼らはその追加的な資金で雇用者を増やすだろうか、それとも賃金を上げるだろうか? 彼らの心性と、今日では労働者の要望が軽視されていることを考えると、どちらもありそうにない。
    • 投資を増やして税引前利益を競争により引き下げ、間接的に労働需要と賃金を増やす、ということも考えられるが、そのシナリオには以下の欠点がある。
      1. 企業利益の多くは物理的資本の収益ではなく、資本が安くなっても競争的に下がるものではない。アップル、グーグル、マイクロソフト等は技術的優位やブランドや市場支配力から利益を得ており、減税は企業の所有者の資金を増加させるだけに終わる。
      2. 賃金を上げるためには減税によって資本ストックが全般的に上昇する必要があるが、それは総投資支出を上げる必要があることを意味する。減税によって国の貯蓄が増えるとは考え難いので、その資金は資本流入という形で海外から来る必要があるだろう。しかし資本流入の増加は貿易赤字拡大を伴う。それは現在の減税論者が望むところではないし、それだけの規模の貿易赤字は人々が思うよりも問題である。ドルが大きく増価することになるが、そのドル上昇自体が海外からの投資を妨げ、賃金上昇過程を大きく遅らせる
    • 従って、少なくとも5年以上の長期に亘って、企業利益の減税は企業の所有者にとって良いことだが、労働者にとってはそうではない。
  5. 海外利益を本国に還流させると職が創造される
    • 減税論者は税率引き下げによって資金が戻ってくると言うが、企業は実際に海外に資金を隠匿しているわけではなく、単なる会計上の操作に過ぎないため、実体的な効果はほとんどない。海外で利益を溜め込んでいる企業の多くは、国内でも余裕資金を多く持っている。彼らが支出していないのは支出機会が無いと考えているためであり、キャッシュフローが無いためではない。余裕資金が無い企業も、海外資金を担保に、現在の歴史的な低金利で借り入れることができる
    • その点については2004年に成立した本国投資法の効果を調べた研究で実証的にも示されている。それによると、本国還流資金は投資や雇用や研究開発の増加につながらず、ほぼ株主への支払い増加につながったとのこと。
  6. これは富裕層向けの減税ではない
    • トランプ減税案の主要項目は、法人減税、パススルー減税、相続税撤廃、最高限界税率引き下げである。これらすべては超高所得層にとって極めて都合が良いもので、それ以外の影響は微々たるものに留まる。Tax Policy Centerは所得上位1%と0.1%が大きく潤うという推計結果を示した。トランプ減税推進論者は、その推計は十分な情報に基づいていない、と批判したが、トランプ側もセンターと同程度の情報で様々な減税効果を喧伝している。また、減税案の全体像からして、富裕層を潤すのは間違いない。
  7. これは中間層にとって大減税である
    • 前項参照。州・地方税などの各種控除の廃止は、中間層のかなりの割合にとってむしろ増税となる。TPCによれば、2027年までに減税の80%は上位1%に回り、五分位の中間3層には12%しか行かない。
  8. これは財政赤字を拡大させない
    • これだけの減税によって財政赤字が拡大しないためには、既存の税控除を大きく削減して税基盤を拡大するしかないが、そうした提案はなされていない。それほど大きくはない州・地方税の控除の終了でさえ大きな政治的問題になっている。ブードゥーが効かない限り、数兆円規模の赤字拡大が見込まれる。
  9. 減税によって急成長が見込まれる
    • 減税には魔力がある、というのはゾンビ的な嘘で、殺すことは不可能。主唱者が減税で恩恵を受ける人に支援されているため。
    • 過去の歴史を見ても、減税をしてもそれほど経済が成長せず(レーガン、ブッシュ子、カンザス)、増税しても経済が成長した(クリントンオバマ、カリフォルニア)という例は多い。
  10. 減税は自らを賄う
    • 減税が経済の奇跡を生み出さないのであれば、税率引き下げを埋め合わせる歳入増をもたらすこともない。レーガン減税やカンザスの減税は財政赤字につながったし、クリントン増税やカリフォルニアの増税は財政黒字につながった。