米国の所得収支のダークマター

Brad Setserが、米国の税制改革によって貿易赤字GDPの2.75%から1.5%まで減少するのではないか、と推測している(H/T Economist's View)。

そのロジックは概ね以下の通り。

  • 米国の国際収支には、ハーバードのリカルド・ハウスマン(Ricardo Hausmann)とフェデリコ・シュトルツェネッガー(Federico Sturzenegger、現アルゼンチン中銀総裁)がダークマター呼んだ謎がある。それは、海外直接投資からの所得が純ベースでプラスを続けていることである。
  • 米国が海外株式投資で得ている所得は低法人税地域に集中している。株式のポジションは現時点では比較的均衡している(2015年末時点で米国の海外投資の時価総額は7兆ドルで、海外からの米国への直接投資の6.5兆ドルと大きな差はない)。米国が海外投資から純ベースで得ている所得は、基本的に、海外企業が米国株式投資から得ているキャッシュの低リターンと、米国企業が(税繰り延べなどで)本国に戻していない海外での所得の高リターンとの差から生じている。
  • 米国は貿易赤字と経常赤字を続けている(最後に黒字を計上したのは1970年代)。そのため、海外の対内資産は積み上がっている。にも関わらず、米国は、純ベースでは世界に利子・配当を支払っていない(正確に言えば、利子は支払っているが、それ以上に配当を受け取っており、合計はプラスになっている)。ハウスマンらは、その説明として、米国の国際的なバランスシートにおいて明らかに存在している負債を打ち消すような何か目に見えない資産があるに違いない、と述べた。しかし対外資産負債残高と所得収支を分解していくと、この謎はそれほど謎ではなくなる。
  • 米国の対外負債の推移は、株式を除くと、経常赤字を積み上げた数字と整合的である。
  • 米国がその債務に対して支払っている利子は、2007年以降低下している。2006年の平均金利は4.5%で、現在は2.0%である(債務証券の金利が2.5%、銀行融資の金利が0.5%)。米国が海外から得ている金利はもう少し高いが、そもそもの残高の規模が違うため、その金利差の影響は無視し得る。金利低下は危機以降の米国内金利の低下を反映したものであり、何らかの巧妙な金融裁定によるものではない。
  • 米国の海外直接投資は7兆ドル(米国GDPの4割弱)、海外からの米国への直接投資は6.5兆ドル(GDPの35%強)で、その差はGDPの3%程度である。しかし海外直接投資からの所得は、純ベースでGDPの1.5%に達する(数年前は2%だった)。これがハウスマンらの言うダークマターである。
  • 米国の海外直接投資の利回りが約6%であるのに対し、海外の米国への投資の利回りは約2.5%である。現金配当のリターンは似たようなものであり、差はほぼすべて海外への再投資からの所得によって生じている。
  • ここで米国の税制が重要な役割を果たしている。米国の多国籍企業が海外で得た利益は、海外に留め置かれる限り、税金も繰り延べられる。利益は米国で報告されるものの、本国に送金されるまでは課税されない。そのため企業は、移転価格を調整するなどして、税的に有利な国に利益を保留するインセンティブが生じる。
  • 一方、日欧中の企業には、米国で所得を報告するインセンティブはない。それが、それらの企業の米国でのリターンが低い理由であろう。
  • 1995年以降、米国の資本財・自動車・消費財輸出のGDP比率はほぼ5%のままで、ほとんど上昇していない。それに対し、輸入はGDPの2%ポイント上昇した。そして、米国の多国籍企業の本国に送還されず海外で再投資された所得は、GDPの0.5%から1.7%に上昇した(ドルが強くなる前の2014年末には2.0%に達した)。これは健全なこととは思われない。
  • 仮に何らかの国境調整の仕組みでこれらの所得が米国に移ったならば、経常収支は変わらないものの、所得収支の黒字が貿易収支に移る。ただしその際、仕向け地キャッシュフロー税では、輸出による収益には課税されず、むしろ賃金支払いについて部分的な払い戻しがある*1。そのため、2015年の財・サービスの貿易赤字GDPの2.75%から約1.5%に低下するが、純歳入は予測ほど増えないだろう。

*1:cf. ここ