ブラッド・デロングへの現状に関する10の質問

デロングが現在の経済の状況について10の質問を自問自答している自ブログエントリ。H/T Economist's View)。以下はその概要。

  1. 景気後退の可能性?
    • 小さいが、極めて小さいというわけではない。
  2. 長期停滞?
    • 我々が「長期停滞」と呼んでいるものが主に供給側の話ならば、各部門で需要が供給を超過してボトルネックにより価格に上昇圧力が掛かっている兆候を今よりも多く目にしているはず。現在ボトルネックと価格上昇圧力がみられるのは世界の主要都市での住宅価格のみであるが、そこでは地域住民エゴという力学が働いている。
  3. 金利の均衡水準?
    • 市場が示す水準は低い。残る問題は、その原因が、利益をもたらす投資機会の不足か、それとも世界的なリスク負担能力の不足か、ということ。いずれの理論にも支持する証拠がある。
  4. FRBは12月に金利を引き上げるべきだったか?
    • 否。プラス面が無くマイナス面が見えていたのだから、事前的にも間違いだった。マイナス面が現実のものとなった事後的には中程度の間違い。
  5. インフレ目標の引き上げ?
    • 1990年代半ば時点で2008-2016年のような状況が生じる可能性が予見できた場合、年率2.5%のCPIインフレ目標を合理的と考える人はいない。4%が合理的だと考えたはず。どの時点から見ても賢明でない政策にこだわる理由は存在しない。愚かであることについて信認を得たいとは思わないはず。
  6. FRBのパフォーマンス?
    • バーナンキもイエレンも、職への備えという点でも知力と能力という点でも世界的水準にあり、1995年以降のどの第一世界の中央銀行家よりも優れた実績を残した。我々は幸運であった。彼らは以前の間違いの繰り返しを回避した半面、彼ら自身の間違いを犯し、これからも犯すだろう。しかし我々がリアルタイムないし事後に指摘する政策の失敗は、彼らの不適格性ではなく直面する課題の難しさを示すものである*1。ブッシュとオバマが彼らを指名したことは幸運だったのであり、それに同意しなかった上院議員は自らを大いに恥ずべきである。
  7. トランプ?
    • ハリウッドスタイルで政治に挑んで失敗したシュワルツェネッガーの轍を踏むことが望まれるが、ベルルスコーニのような成功を収めることが危惧される。もっと悪いシナリオはムッソリーニ
    • トランプが勝利して思ったよりもまともな人物だった場合、もしくはクリントンが勝利した場合は、3つのシナリオが考えられる:
      1. 完全なグリッドロック
      2. ワシントンを機能不全にするのは良くないということに人々が気付き、頑なにイデオロギーをふりかざす代わりに、1993年以前のように折衝を繰り返す、というかつて正常と見做されていた状況が復活する。
      3. トランプのお蔭で共和党の議会での力が失われる。
  8. 中国?
    • 習近平の望む「民主的中央集権制度」への回帰が、繁栄する現代の経済と両立するものなのかどうかは不明。19〜20世紀の欧州の経験するからすると答えは否だが、欧州が良い手本とは限らない。中所得の罠についても、中南米特有の現象かもしれない。
    • 中国の長い歴史は、世界人口の5分の1を擁する国が世界で最も繁栄し最も平和的な地域として主導的な地位に立つのが自然、ということを示している。ただ、200年のスパンで考えればそうかもしれないが、50年のスパンでは懸念が大いにある。
    • 中国ショックの米国への影響の大きさは中程度に留まると考えられ、FRBFRB以外の政策当局に総需要を安定させる意思と能力があれば懸念には及ばない。しかし、FRBには意思があっても能力が無いかもしれない。そしてFRB以外の政策当局には能力があっても意思が無い…。
  9. ブレグジット
    • ブレグジットは最終的に起きないかもしれない。後悔の念が広まっており、離脱派も手続きが分かっていない。
    • イングランドだけの離脱、ブレグジット、他の国の離脱等が起きるにせよ起きないにせよ、欧州が世界の中で非常に裕福な地域であることに変わりはない。通貨同盟とドイツの財政政策も、高成長と経済の収斂を妨げるにしても、メルトダウンやこれ以上のハードランディングをもたらすことは無いだろう。
  10. 新興国市場のリスク?
    • 教科書的なモデルでは、新興国通貨の価値が市場に従っているならば、米国の金融引き締めは新興国市場にとって拡張的となる。それは間違っているように思われるが、間違いの理由が明らかでない。新興国は海外からインフレファイターとしての信認を得るために通貨を完全なフロート制にするわけにいかないのが理由、という人もあれば、国際的な資本の流出入には資金調達だけでなくリスク負担や起業家精神という要因もある、という人もある。従って、モデルから導かれる理由はかなり曖昧模糊であるものの、現在のFRBの引き締めサイクルは大いに懸念すべき。
    • 経済成長が期待外れに終わるのは、いつものこと。西欧の栄えある30年の収斂、アジアの虎、日本の明治・昭和、現代の中国、ウィルヘルム時代のドイツに注目しがちだが、それらは例外。1850年頃にカール・マルクスジョン・スチュアート・ミルは、それぞれ異なる理由(ミル=世界貿易・親市場的な英国の制度の移植・ミルらが仕切るインド総督府の優れた政治、マルクス共産主義革命)で、今後50年以内にインドの産業構造と生産性水準が英国レベルに収斂することを予測したが、両人とも間違っていた。今日、情報や知識が安価に入手できるようになったにも関わらず、依然として10億人が産業革命時代以前の人と変わらぬ暮らしを送っている。

*1:デロングがイエレンと同程度にFRB議長に推していた師匠のサマーズはもう少し辛口の評価のように思われるが…。