金融政策にとってのブロックチェーン技術の意味

についてDavid Andolfattoが6点挙げている。以下はその概要。

  1. 通貨競争
    • 政府がインフレ税を課そうとすると、国民は他の通貨に逃避しようとする。資本規制でそれを抑え込もうとするのが政府の常套手段だが、インターネットにアクセスできれば取引できるビットコインについてはそれが難しい。
  2. 外貨を使った満期変換
    • 海外でユーロドル市場が発達したような形で米国内でビットコイン市場が発達する可能性がある。危機の際に人々がドル預金ではなくビットコイン預金を求めた場合、中銀や財務省は最後の貸し手としてどう行動すべきか?
  3. 安全資産現象
    • 1970年代には不動産が安全資産で、人々は米国債やドルから不動産に逃避した。2000年代末には米国債やドルが安全資産で、人々は不動産から米国債やドルに逃避した。ビットコインが安全資産と見做される時が来るかどうかは分からないが、金融政策はそうした事態に備えておく必要がある。
    • 欧州におけるスイスフランのようにビットコインが安全資産と見做された場合、ドルはビットコインに対して減価し、ドル価格ではインフレ、ビットコイン価格ではデフレが生じる*1。しかしFRBにはビットコインの供給を直接にコントロールする力は無く、また、そうした事態においては米国債が安全資産でなくなったことにより財務省の力は大きく削がれる。
  4. 証券取引
    • 標準的なマクロ経済モデルでは摩擦の無い金融市場を仮定しているが、現実には多くの債券は取引の薄い店頭市場で取引され、流動性が低い。最も流動性の高い10年物米国債でさえ、時に2014年10月15日*2のような「流動性イベント」に晒される。
    • また、証券取引の清算は、改善しつつあるとはいえ、依然として決済に数日かかる。そうした摩擦のため、カウンターパーティリスクに備えた担保(主として米国債)には大きな需要がある。ブロックチェーン技術などの応用によってこの点が改善すれば、担保資産から何十億ドル、もしくはそれ以上の金額が解放される。その結果、米国債価格から流動性プレミアムが剥落して金利は上昇するだろう。このような金利構造に影響する出来事は当然ながら金融政策にとっても重要。
  5. 金融の安定性
    • ブロックチェーン技術が部分準備銀行制度(ないし満期変換全般)を廃れさせる、という者がいるが、住宅や人的資本を含むすべての資産が完全な流動性を持つ金融商品に変換できなければそうしたことは起きないのではないか。それは近い将来には起こりそうもない。
    • ブロックチェーン技術が金融市場の不透明性を取り除き、それによって金融システムがより安定化する、という者もいるが、銀行部門の脆弱性に関する代表的な理論であるダイアモンド=ダイビックモデルは別に金融市場の不透明性の存在に依拠しているわけではなく、同モデルの銀行ポートフォリオは完全に透明である。それでも、大規模な払い戻し請求が予想されれば、それが自己実現的予言となり、取り付け騒ぎが起きてしまう。現金が無くなったら払い戻しを停止する(従って短期的な債務履行に応じるための資産の叩き売りはしない)ということを完全に信頼できる形で約束できれば取り付け騒ぎは起きないが、そのことが金融政策に与える含意は不明。
  6. 中銀のデジタル貨幣
    • 中銀の設計を含め、貨幣と決済の既存の仕組みはインターネット以前の世界のものである。中銀が貯蓄と支払い専用のデジタル貨幣口座をオンラインで一般向けに提供しても良いのではないか。基本機能しかないので、民間の口座も依然として競争できる。先例としては財務省オンラインデジタル債券口座があり、それが機能的に支払い専用になるイメージになる。こうした口座には以下のメリットがある:
      1. 預金保険が不要(中銀はいざとなれば紙幣が刷れるので、デフォルトリスクが存在しない)。
      2. 大企業の経理担当者は、影の銀行部門で有担保貸し出し(レポ)を行う必要がなくなる。中銀に現金を一晩預ければ良い。
      3. 紙幣供給のメンテナンスコストが削減できる。
      4. デジタル貨幣口座では金利の支払いが容易なため(マイナス金利も可)、金融政策のツールが増える。
    • 民間銀行の資金調達への影響という問題はあるが、金融政策が責任を以って実行されるならば、そうした口座はビットコインや他の暗号通貨と上手く競争できるだろう(ビットコインとより直接的に競合する中銀のデジタル貨幣についての考察はこちらのエントリを参照)。

*1:これについてはコメント欄でNick Roweから、ドルの供給を絞ればそうなるとは限らない、という指摘があり、Andolfattoもその場合は政策金利を上げることになるね、と同意している。

*2:cf. ここ