安全資産は不足しているのか?

というテーマを巡って、デビッド・ベックワースとArpit Guptaというブロガーが論争している。


ベックワースが1/6エントリの(1)でこれまでのまとめを行っているが、彼の主張は、基本的に、ここの最後で紹介したようなカバレロ=デロング=Stephen Williamsonの見方と同じく、安全資産への超過需要ないし供給不足が生じていることが今の問題、というものである*1


安全資産の不足が問題になる理由についてベックワースは、12/19エントリで以下の2つを挙げている。

  1. トリプルA債はレポ取引の担保となるが、Gary Gorton*2はレポ取引がシャドウバンキングシステムでは預金口座と等価であることを示した。従って金融危機に伴う格下げによるトリプルA債の消失は、貨幣の消失と同等の効果をもたらす*3
     
  2. トリフィンのジレンマと同様のことが生じる。ここでトリフィンのジレンマとは、基軸通貨を有する国は、世界的な需要に応えるために国内で必要とされる以上の通貨を発行し、経常赤字を計上することになるが、まさにその経常赤字ゆえに基軸通貨としての地位が危うくなる、というものである。安全資産についても、需要に応えて米国債を大量に発行すれば、財政赤字懸念から米国債の安全資産としての地位が危うくなる、というジレンマが生じる。

この12/19エントリはデロングが推奨したほか、マット・イグレシアスも取り上げている*4


これに対しGuptaは、以下の3点を挙げてベックワースの主張に疑問を投げ掛けた

  1. トリプルA債だけが安全資産ではない*5。例えばCDSにも安全を確保する機能がある。
  2. マイク・コンツァルらが報告しているように、レポ取引が拡大したのは、2005年の破産法改正で破産時の高い優先順位が与えられたのがきっかけ。こうしたリスクの高い短期取引が金融システムの要となる謂れは元来存在しない。
  3. そもそも安全資産への超過需要は、トリプルAのソブリン債をリスクゼロとしたバーゼル2の自己資本規制により生じた。


これに対するベックワースの反論は以下の通り。

  • カバレロが言うように、問題は日本の資産バブル崩壊に遡る。
  • また、新興国が高い経済成長を遂げる一方で自分では安全資産を生み出せないというギャップも要因となっている。
  • さらに、先進国でベビーブーマー世代が引退に伴って資産をリスク資産から安全資産にシフトしているという要因もある。
  • バーゼル規制がそれらの要因よりも重要だと本当に言えるのか?


これに対しGuptaが、改めて自分の主張を様々な資料で補強して再説した、というのがこれまでの流れである。

*1:その意味で、市場マネタリストの同志であるNick Roweの持説――あくまでも交換媒体としての貨幣への超過需要が問題だという――と一線を画するものと言える。ベックワース自身は自らのこの主張について、「ニューマネタリズムと市場マネタリズムの洞察を融合する試み」と12/19エントリのコメント欄で評している。ただしベックワースは同エントリで、ニューマネタリズムの主唱者であるWilliamsonではなく、Williamsonと立場的に近いDavid Andolfattoのブログ記事を参照している。Andolfattoはそのベックワースの12/19エントリの最初のコメントを書いているが、「Excellent post」と褒めると同時に、ベックワースが持ち出したトリフィンのジレンマのことを知らなかった、と書いている。RoweもAndolfattoに続いてコメントを書いているが、特に主張の中身については触れずに、自分もトリフィンのジレンマのことを知らなかった、と述べるに留まっている。

*2:

Slapped by the Invisible Hand: The Panic of 2007 (Financial Management Association Survey and Synthesis)

Slapped by the Invisible Hand: The Panic of 2007 (Financial Management Association Survey and Synthesis)

*3:ここでベックワースは前注で触れたRoweの持説に配慮しているようにも見える。

*4:ベックワースは12/28エントリの追々記で、イグレシアスの説明は自分のより良い、と褒めている。

*5:この点についてはベックワースが1/6エントリでリンクしたレベッカ・ワイルダーも強調している。ちなみにその1/6エントリでベックワースは、米国では準備預金が安全資産として機能しているという主旨のタイラー・コーエンのNYT論説にもリンクしている。