マネタリスト/ケインジアン/ミンスキー的な需要不足とその対策

市場マネタリストデビッド・ベックワースNick Roweと、財政出動派のサイモン・レン−ルイスとの間に成立した合意について、デロングがいちゃもんを付けている。デロングによれば、その合意は

  1. 中銀が債券を購入して貨幣を人々のポケットに捻じ込み、モノを買わせる(=公開市場操作
  2. もしそれがうまくいかず、FRB金利をゼロまで押し下げても人々が十分にモノを買わなければ、貨幣を刷ってばらまき、人々がもっとモノを買うようにする(=ヘリコプターマネー)
  3. もしそれもうまくいかなければ、中銀と政府が共同で貨幣を刷ってモノをもっと買う(=財政拡張策)

という政策手順から成り立っている。デロングに言わせれば、その考え方は、需要不足の問題に焦点を当てている点では正しいが、需要不足を生じせしめる市場の失敗がどこで起きているかを等閑視している点で間違っている、という。


デロングは、市場の失敗の性格をマネタリスト的、ケインジアン的、ミンスキー的の3種類に分類し、それぞれについて考えられる解決策を論じている。それを表にまとめると以下のようになる。

解決策   /  危機の種類 マネタリスト ケインジアン ミンスキー
公開市場操作で中銀が資金を供給 × ×
(a)信認の妖精を呼び出す ×
(b)インフレ期待の小鬼を呼び出す
(c)政府が債券を発行
(d)貯蓄者向けの信認の妖精を呼び出す
(e)金融仲介機関の改革と資本再編を進める
(f)政府を融資保証者として活用


またデロングは、ロイド・メツラーの1951年の論文「Wealth, Saving, and the Rate of Interest」を持ち出し、以下の3商品2価格から成るその基本モデルをベースに考察を進めている。

  • 商品:流動性を持つ現金M。取引に必要な信頼をもたらす。
  • 商品:債券B。購買力を現在から将来に移転する貯蓄ツール。
  • 商品:現在生産される財やサービスY。
  • 価格:貨幣で表した現在生産される財やサービスの粘着的な価格P。
  • 価格:金利i。貨幣で表した名目債券価格の逆数。


その上で、3種類の市場の失敗による危機とその対策を以下のように論じている。

マネタリスト的な危機
  • 貨幣Mが十分に存在しない
    • 稀少な貨幣を保有する限界効用が高いため、債券の価格は低くなり、金利iは高くなる。その金利iで債券の需給は均衡するが、物価がPが粘着的であるため、貨幣には超過需要が生じ、ワルラス則によって現在生産される財やサービスの超過供給が生じる。
  • 解決策:
    • 中銀が債券購入によって需給が均衡するまでMを増やせばよい
    • 他の解決策としては…
      • (a)信認の妖精を呼び出して民間企業がもっと債券を発行するように促す
      • (b)インフレ期待の小鬼*1を呼び出して、現在生産されている財とサービスに比べた貨幣Mと債券Bへの相対的な需要を共に減らす
      • (c)政府が債券発行を増やす
        • そうしたBの拡大は金利iをさらに上昇させるが、債券の量が十分に多くなって金利が十分に高くなれば、粘着的なPの水準においてもワルラス均衡が成立し、貨幣Mならびに現在生産されている財とサービスにおける超過需要や超過供給も解消する。
    • どの解決策が良いかを決めるには、完全雇用均衡を順位付けする必要がある。考慮すべきは…
      • 現在生産されている財やサービスYにおいて政府購入Gのシェアはどのくらいであるべきか?
      • 民間資本形成Iを行う企業の費用を、金利iを通じてどのくらいに設定すべきか?
      • かつてロバート・ソローは、1962年の大統領への報告*2で、金融緩和と財政緊縮の組み合わせが良いと論じた。不況を脱出した後の資本ストックが本来よりも低くなる、という副作用が不況対策によってもたらされるのを避ける、というのがその心。それは賢い議論ではあるものの、一方で、政府の財政が均衡した際の完全雇用のヴィクセルの自然利子率が社会の適切な時間選好率より低くなり、適切に測定された社会的費用をカバーしない民間投資が惹起される、という状況も考えられる。ということで、ソローの処方も万全というわけではない。
ケインジアン的な危機
  • 貨幣と債券M+Bが十分に存在しない
    • 企業の自信の欠如のため、民間貯蓄者の貯蓄ツールへの需要に応じる債券を裏付けるだけの十分な投資計画が存在しない。
    • 債券が十分に存在しないため、その価格は額面まで上昇し、金利iはゼロとなる。債券価格はそれ以上上昇できず、その意味で粘着的となる。
    • 貨幣と債券は完全に代替的となり、公開市場操作はゼロ金利資産同士の交換ということで意味を持たなくなる。
    • 貨幣と債券の総量M+Bへの超過需要が生じ、現在生産される財やサービスYの超過供給が生じる。
  • 解決策:
    • 公開市場操作が無効になったため、対策は以下に絞られる:
      • (a)信認の妖精を呼び出して民間企業がもっと債券を発行するように促す
        • Bが増えれば、粘着的な物価PにおいてもM+Bの超過需給が解消し、それに伴って現在生産される財やサービスの超過供給も解消する。Bをさらに増やせば、iも上昇し始め、BとMの間の需要の無限の弾力性も破れる。
      • (b)インフレ期待の小鬼を呼び出す
        • 貨幣と債券の総量への需要を減らす。
      • (c)政府が債券発行を増やす
        • 精霊を呼び出すのではなく、貨幣と債券の供給総量M+Bに直接働き掛ける。
    • どの方法が良いかについては、以下の要因を考慮することになる:
      • 精霊を呼び出す技術がどれほど優れているか?
      • 政府債務を積み上げるコストはいかほどか?
      • インフレ期待の小鬼の呼び出しに成功した場合、インフレ目標を引き上げることのコストはいかほどか?
      • 様々な要素が絡んでくる:P、i、M、Bのほか、期待インフレ率π、企業の信頼感、債券供給の官民の割合。
      • 投資の適切なインセンティブ流動性の適切な供給、適切なインフレ目標といった点において完全雇用経済はいかにあるべきか、という最善に関する曖昧な概念も考慮すべき要因。
ミンスキー的な危機
  • 他の市場の失敗に加えて、信用経路の崩壊が生じる
    • 他の市場の失敗:賃金の粘着性と名目債務の契約があるので、デフレは手段として採れなくなる。また、ゼロ金利下限により、債券価格も粘着的となる。
    • 信用経路の崩壊:金融仲介機関がリスク転換ができなくなる。即ち、民間資本ストックを作り上げるリスクのある投資計画への出資を、民間貯蓄者が保有したいと思うような良質の債券に転換できなくなる。
    • M、B、Yに加えて、第4の商品として高金利jを持つジャンク債Jを考える必要が出てくる。
  • 解決策:
    • 以下が解決策の候補:
      • (b)インフレ期待の小鬼を呼び出す
      • (c)政府が(安全な)債券発行を増やす
      • (d)別種の信認の妖精を呼び出し、金融仲介機関が適切なリスク転換を行う能力――ジャンク債Jではなく安全な債券Bを組成する能力――への貯蓄者の信頼を取り戻す
      • (e)金融仲介機関の改革と資本再編を進め、それらの機関が実際にリスク転換を行ってジャンク債Jではなく安全な債券Bを組成できるようにする
      • (f)政府を融資保証者として活用し、その(というより、納税者の)リスク負担能力をリスク転換に利用する
    • (a)(企業の)信認の妖精の呼び出しはもはや解決策とはならない:金融仲介機関が企業の発行する債券をジャンク債Jではなく安全資産Bとして売り出せない限り、企業が債券を増発することは問題解決の手助けとならない。
    • 考慮すべきは、適切なインフレ目標流動性の適切な供給、適切な社会の実質時間選好率(安全な債券の金利)、安全な債券とジャンク債の間の適切なリスクのスプレッド。
    • 市場の失敗の根源が信用経路の崩壊――BとJの間のスプレッドの拡大、ないし信用割当――にあるならば、(b)〜(d)ももはや魅力的な解決策とはならない。
      • (b)によって安全な債券への実質時間選好率を下げて完全雇用を回復することは、金融仲介機関のリスク転換能力に問題が生じている状況下では、長期資産を生成するインセンティブが大きくなり過ぎる。
      • (c)によって政府が安全な債務を増やすことは、社会福祉やインフラへの現在の政府支出が多過ぎる半面、リスクのある民間投資計画が少な過ぎる経済を生み出す。
      • (d)によって貯蓄者の金融仲介機関への信頼を取り戻すことは、実際にそうした信頼を取り戻すべき状況にならない限り、良いことではない。

危機の種類によって解決策が異なってくるという問題は、Roweの言うようなミクロ経済的な公共財政や公共選択論の問題として片付けて良い話ではなく、実際に状況を左右する非常に重大な問題なのだ、とデロングは強調して記事を締め括っている。

*1:cf. 以前のエントリ

*2:デロングはAppendixにリンクしているが、該当部分は第2章のp.131かと思われる。ちなみに報告書全体はこちら(各年の報告書一覧はこちら)。