流動性プレミアムが高まるとインフレが高まる?・続き

12/2エントリで紹介した議論について、Stephen Williamsonが自らの主張を数学を一切使わずに説明するエントリを上げた。以下はそこからの引用。

Next, conduct a thought experiment. What happens if there is an increase in the aggregate stock of liquid assets, say because the Treasury issues more debt? This will in general reduce liquidity premia on all assets, including money and short term debt. But we're in a liquidity trap, and the rates of return on money and short-term government debt are both minus the rate of inflation. Since the liquidity payoffs on money and short-term government debt have gone down, in order to induce asset-holders to hold the money and the short-term government debt, the rates of return on money and short-term government debt must go up. That is, the inflation rate must go down. Going in the other direction, a reduction in the aggregate stock of liquid assets makes the inflation rate go up.
(拙訳)
ここで、思考実験をしてみよう。流動性資産の総ストックが、例えば財務省が債券をもっと発行したことによって増加したらどうなるだろうか? このことは、貨幣と短期債券を含むすべての資産の流動性プレミアムをおしなべて減少させる。しかし我々は流動性の罠の中におり、貨幣と短期国債のリターンはインフレ率にマイナス1を掛けたものである。貨幣と短期国債流動性の見返りが低下したので、資産保有者に貨幣と短期国債保有を促すためには、貨幣と短期国債のリターンは上昇する必要がある。即ち、インフレ率は低下する必要がある。逆に、流動性資産の総ストックが減少した場合には、インフレ率は上昇する。


本ブログの以前のエントリで紹介したケインズの一般理論の17章の記法を用いてこのWilliamsonの議論を説明すると以下のようになる*1
貨幣の流動性プレミアムをl、貨幣の持ち越し費用をdとすると、
  貨幣の自己利子率 = l-d (1)
となる。これは金利そのもの。
実物資産の収益率をq、実物資産の持ち越し費用をc、実物資産の貨幣で計った価値増加率(=インフレ率)をaとすると、
  実物資産の自己利子率 = q-c+a (2)
均衡では(1)と(2)が等しくなるので、
 l-d = q-c+a
となる*2。従って、lが減少すれば、aも減少する、というのがWilliamsonの議論である。


小生の見解では、この議論の問題点は、流動性の罠でも(1)と(2)の均衡が成立している、と考えているところにある。そもそも流動性の罠が生じているのは、(1)>(2)という不均衡が生じているから、という点をWilliamsonは見落としているわけだ。その不均衡を解消するためにはdもしくはaを増やす必要がある、というのがケインズやリフレ派の議論ということになる。


一方、Nick Roweは、均衡を前提とした上で、やはりWilliamsonの議論は成立しない、と反論している。彼の議論を上の枠組みに沿って紹介すると、次のようになる:
 (1)=(2)が成立している状況で貨幣ストックの上昇によりlが減少すると、(1)<(2)となり、実物資産への需要が高まる。その結果、価格水準が上昇し、実質ベースの貨幣ストックは元に戻る。従って、lも元に戻る。


このRoweの議論ではaが一時的に高まることになるが、その点に焦点を当ててRoweとやや異なる議論を展開したのがデロングである(注:このデロングのエントリは今回のWilliamsonのエントリが上がる前のもの)。デロングの調整過程では、実物資産への需要が高まって価格水準が上昇するところまではRoweと同じだが、価格が十分に高まるとデフレ期待が生じ、aが低下する。従って、Williamsonが言うように量的緩和が最終的にデフレにつながるとしても、それはいったんインフレが生じた後のことである、とデロングは指摘している。
ちなみにこのデロングの議論についてノアピニオン氏は、12/2に紹介したエントリのコメント欄(デロング自身がそのコメント欄に降臨して上述の議論を展開した)で、実際の日米の量的緩和後のインフレ率の動きに照らし合わせると興味深い仮説、と評価している(なお、当初彼はWilliamsonのモデルにもそうした含意があると解釈していたようだが、同じコメント欄でWilliamsonがデロングの見方を否定したことにより、そのモデル自体にはそうした含意は無い[=インフレを経ずにディスインフレないしデフレに直行する]、と解釈を改めている)。

*1:Williamsonの議論と流動性プレミアムの関連については、こちらのエントリも参照。

*2:こちらのエントリの注に記したように、実質ベースの自己利子率での比較を考えるならば、この均衡式は
    l-d-a = q-c
となる。なお、ケインズは表面金利もlに含まれていると考えているが、Williamsonは流動性プレミアムと表面金利を分けて考えているようなので、その考えに従って表記すると
    l-d+r-a = q-c
となる(rが表面金利)。Williamsonはr-aを貨幣のリターンと定義しており、流動性の罠下ではr=0なので貨幣のリターンは-aとなる、としている。