信認の妖精とインフレ期待の小鬼

池尾和人氏が量的緩和政策の効果について
https://twitter.com/kazikeo/status/239365471747575808:twitter
と述べていたが、それに対し小生は、その「量より価格(金利)」という話は非ケインズ効果にも当てはまるのではないか、という疑問をこちらのはてぶで呟いた。するとタイミング良くその直後にデロングが、量的緩和の効果と非ケインズ効果の共通性と違いについて考察したエントリを上げた*1


そこでデロングは、「信認の妖精(Confidence Fairy)」による非ケインズ効果を次のように説明している。

...if the fiscal authority finally gets its house in order, adopts a sustainable long-term fiscal plan, and demonstrates its commitment to that plan by immediately undertaking politically and economically painful austerity measures, the Austerity Confidence Fairy appears and touches business investment committees with her magic wand, and they begin to spend, and the economy recovers!
(拙訳)
もし財政当局が遂に財政秩序を取り戻し、持続可能な長期の財政計画を適用し、政治的にも経済的にも苦痛を伴う緊縮政策を直ちに実施することによりその計画遵守への決意を示すならば、緊縮信認の妖精が現われて、魔法の杖で企業投資委員会に触れ、委員会は支出を開始し、経済が回復する、というわけさ!


そして、信認の妖精の従兄弟だという「インフレ期待の小鬼(Inflation Expectations Imp)*2」による量的緩和効果について以下のように説明している。

When the central bank commits to a program of quantitative easing that is sufficiently large, people's fears that this program of quantitative easing signals higher future inflation leads them to start dumping nominal assets for currently-produced goods and services: that and that alone then generates the higher inflation that they feared, and so the economy recovers!
(拙訳)
中央銀行が十分に巨大な規模の量的緩和政策計画にコミットすると、人々はその量的緩和計画が将来の高インフレを意味するのではないかと恐れ、名目資産を叩き売って、今現在生産されている財やサービスを購入しようとする。その効果により、というか、その効果だけにより、まさに彼らが恐れていた高インフレが生成され、経済が回復する、というわけさ!


その上で、両者の議論には形式上の対称性が存在する(there is a certain formal symmetry between these two arguments)、と指摘している。


ただし、そのすぐ後で、両者の違いについても説明している。その違いとは、期待に働きかける「以外」の政策効果を取り出すと、財政緊縮策は(政府購入を減らすので)需要減少的であるのに対し、量的緩和策は(民間のリスク負担能力を向上させるので)需要増加的である、という点である。従って、人々の抱く期待がゼロである状態を出発点とすると、財政緊縮策はマイナス方向のスパイラルをもたらすのに対し、量的緩和策はプラス方向のスパイラルをもたらすことになる。


ただ同時に、期待以外の効果はそもそも期待に比べて極めて僅少なので、その影響は、ピッチャーの投げた球に光子の圧力が掛かることにより高めの球がストライク方向に動く程度ではないか、とも指摘している。


そして、そのように効果が僅少だからこそ、上限を設けない量的緩和をすべし、というのがギャニオンをはじめとする量的緩和論者の主張である、としている*3


とは言うものの、買い入れた長期国債はいずれ反対売買せねばならず、その時には金利は上昇して価格は下落しているであろうから、FRBは大損し、反対売買の相手である民間銀行は大儲けすることになる。そのことを考えると、民間銀行は量的緩和で得た資金をそのまま準備預金に寝かせておくのではないか、とデロングはギャニオンらの主張に反論する。もちろん、FRB側が国債を満期まで保有するのであれば反対売買は起きないが*4バーナンキは別に終身議長というわけではないので、それは保証されない、とデロングは指摘する(cf. 最初の注で引用した本石町日記氏のツイート)。


そこでデロングが提唱するのが、反対売買できない形で量的緩和を行う、という政策である。それは即ち、量的緩和で刷った紙幣を、橋や道路や生物医学の知識や12歳の子供の人的資本に変えてしまう、ということであり、換言すれば財政政策のマネタイズである。これをデロングは、「財政政策のプーカ(Fiscal Policy Pooka)」ないし「不動産評価のワルキューレ(Mortgage Valuation Valkyrie)」と呼んでいる。




[2012/9/7]信任→信認に修正

*1:哲学者の対話形式での考察という点でこちらのエントリの続きに相当する。H/T 本石町日記氏ツイート:https://twitter.com/hongokucho/status/240301428873232384:twitterhttps://twitter.com/hongokucho/status/240304031564713985:twitterhttps://twitter.com/hongokucho/status/240306003357343744:twitterhttps://twitter.com/hongokucho/status/240306527150428160:twitter

*2:命名者はロバート・ワルドマン

*3:先の光子の圧力の喩えを延長すると、紙をひらひらさせる程度の推進力しか持たないイオンエンジンを期限を定めずに稼動させることにより、最終的に宇宙空間を高速で航行するだけの速度を手に入れる、というはやぶさのイメージになろうか。

*4:cf. ここで紹介したバーナンキ案。