FRBの何が問題か?

昨年の10月にFrancis DieboldがFRBの研究部門の弱体化に懸念を表明している(H/T unrepresentative agentさん)。
エントリでDieboldがこの問題の主要ソースとしているのは、FRB職員の意識調査の結果について報じたハッフィントン記事であるが、同記事は専ら規制監督部門に焦点を当てており、研究部門には殆ど触れていない。そこでDieboldが(おそらくは教え子などの伝手を使って)独自に調べたところ、規制監督部門ほどでは無いが、研究部門にも動揺が広がっており、トップクラスの人々に転職の動きが見られることが分かった、という。Dieboldはそうした動揺が生じている原因を、FRBが大不況の反省から規制監督部門の強化に舵を切ったことに帰している。相対的に研究部門が軽視されることによって、半世紀掛けて他の追随を許さない地位を築いてきたFRBの研究部門がこれからあっという間に凋落してしまう可能性もある、とDieboldは憂慮し、研究に理解が無い人をそうした部門の上級管理職に充てるような真似は決してしてはならない、と警告している。


ただ、このエントリに付いたコメントのうち関係者ないし元関係者を名乗る匿名のコメント2つは、いずれもDieboldの見解には否定的である。そのうち一つが指摘したのは、FRBの研究が内輪受けに堕しているのではないか、という点である:

As an insider myself, I think the problem is really too much collegiality and unwillingness to the consensus view. Reliance on research might actually be a problem as it does not allow you to think outside of the box
(拙訳)
私自身インサイダーであるが、問題は、同僚間の過剰な馴れ合いと、世間の多数派の見解に同意したがらないことにあると思う。研究に頼ることは、実際のところ問題かもしれない。というのは、従来の枠の外で考えることを許さないからである。

Dieboldは、FRBの研究の強さが尊敬と効率の源になっている(Fed's research prowess is largely responsible for its respect and effectiveness)という見解を示しているが、このコメントはそれを真っ向から否定している。ちなみにここで紹介したミネアポリス連銀のお家騒動の時も、評者によってその点について意見が分かれていた。


もう一つのコメントは、研究部門はエコノミストが主な構成員であるのに対し規制監督部門は法律家が主な構成員、というDieboldの認識に矛先を向けている:

Except for a small contingent of enforcement attorneys, most of the professional staff in Sup & Reg is not made up of attorneys, but of MBAs, BBAs, CPA, CFAs and the like. Most lawyers go to law school because they can't add, and thus are unable to understand a lot of what is supposed to be going on in S&R. As a former staffer, in my view the biggest problem at the Board is that most of the staff have not worked anywhere except at the Fed and possibly another federal regulator. So whatever Dan Tarullo is or is not doing or who he is or is not listening to, the staff is clueless about what actually happens among the regulated. My experience in the industry is that regulated entities deliberately keep the lawyers and compliance people in the dark for as long as possible, and then bad deals or bad acts are left for the good lawyers and compliance people to paper over after the fact.

In some ways, though, the NY Fed is even more negligent than the Board, because it is presumed to have industry operational and risk knowledge. I recently had a senior member of the FRBNY tell me that one of the entities for which he is responsible for regulating, and entity that is a crucial and little-known part of the global payments system and financial markets, is a "black box" to him. He doesn't understand what it does and has not brought in the expertise to understand it. No wonder things like the White Whale and the derivatives blow up in 2008 happen - there is no one at the regulators who understands what the various participants are capable of.
(拙訳)
弁護士の小さな執行部隊を除けば、規制監督部門の専門職員の大部分は弁護士ではなく、経営学修士経営学士、公認会計士証券アナリストなどから構成されている。大抵の弁護士は、規制監督部門の職務の多くに貢献できず、従って理解もできない。だから彼らは法科大学院に行くのだ。かつて職員だった私に言わせれば、FRBの最大の問題は、殆どの職員がFRB以外で働いたことがない点にある。せいぜい他の規制当局で働いたくらいだろう。従って、ダン・タルーロが何をしようがしまいが、彼が誰に耳を傾けようが傾けまいが、職員は規制対象機関で何が実際に起きているかについて何も分かっていない。そちらの産業で働いた私の経験では、規制対象機関は、弁護士やコンプライアンス担当者にはできるだけ長い間わざと情報を与えず、事後になって悪しき取引や悪しき行為の尻拭いだけを善良な弁護士やコンプライアンス担当者にやらせる。
ただ、ある意味では、FRBよりNY連銀の怠慢の方がひどい。NY連銀は規制対象産業の運用やリスクの知識を備えていることになっているからだ。最近NY連銀の上級職員と話したところ、彼が監督責任者となっているある機関は、国際決済システムや金融市場にとってあまり知られていないが極めて重要な役割を担っているのだが、彼にとっては「ブラックボックス」だと言っていた。彼はその機関が何をやっているか理解しておらず、それを理解する専門家も雇い入れていなかった。ロンドンの鯨事件や2008年のデリバティブの崩壊のようなことが起きたのにも何の不思議も無い。様々な市場参加者が何ができるかについて理解している人は規制当局側に一人もいないのだ。

ここでFRB理事のタルーロが話の途中で出てくるのは、Dieboldがリンクしたハッフィントン記事で、タルーロが一種の悪役として扱われているためである。記事によれば、FRBの理事の中で規制監督の責務を主に担っているのはタルーロであり、グリーンスパン時代の過剰な規制緩和との決別を象徴する人物とされている。その一方で、彼の側近政治による弊害がFRB内部では出ているという。FRBの意識調査に表れた規制監督部門の職員の士気低下も、そうした彼の統治手法が少なからぬ原因となっているのではないか、と同記事は示唆している(ただし、士気低下の原因として第一に挙げられているのは、規制撤廃を推し進めたグリーンスパン時代の負の遺産である)。
Wikipediaを見るとタルーロは法律畑の出身であり、その点ではここで紹介した、FOMCに経済学者だけでなく法律家の視点を持ち込んで多様性を確保する、という意見の方向性に沿った人物とも言える。ただ、記事から判断する限り、経営管理手腕は未だし、ということのようである(上記コメンターは、規制監督担当職員の知識と経験の不足に比べればそれは大した問題では無い、と言いたげであるが…)。