防げなかったことと引き起こしたことの違い

テッド・クルーズ上院議員が、12/3に開かれた上下両院合同経済委員会の席上で証言したイエレンFRB議長に対し、2008年夏にFRBが金融引き締め方向に動いたことで金融危機が醸成されたのではないか、と質問した。それについてデビッド・ベックワースが、クルーズ議員の質問は的を射ている、という旨のエントリを起こした

Probably the most interesting question came from Senator Ted Cruz:

Thank you, Mr. Chairman. Chair Yellen, welcome. In the summer of 2008, responding to rising consumer prices, the Federal Reserve told markets that it was shifting to a tighter monetary policy. This, in turn, set off a scramble for cash, which caused the dollar to soar, asset prices to collapse, and CPI to fall below zero, which set the stage for the financial crisis.

In his recent memoir, former Fed Chairman Ben Bernanke says that, the decision not to ease monetary policy at the September 2008 FOMC meeting was, quote, "In retrospect certainly a mistake."

Do you agree with Chairman Bernanke that the Fed should have eased in September of 2008 or earlier?

This question is interesting because it presents a more subtle understanding of the Great Recession than is found in the standard narrative. In fact, it may be too subtle since it seemed to have caught Janet Yellen off guard. It also seemed to have tripped up the usually sharp Wall Street Journal reporter Sudeep Reddy in his live blogging of the hearing. Both seemed incredulous that Cruz would imply the Fed actually tightened monetary policy in the fall of 2008. But that is exactly what the Fed did, though to see it one has to understand the notion of a passive tightening of monetary policy.
(拙訳)
おそらく最も興味深い質問はテッド・クルーズ上院議員から出された。

議長、ありがとうございます。イエレン議長を歓迎します。2008年夏、消費者物価の上昇に対応して、FRBは、金融引き締め方向に舵を切ると市場に伝えました。このことは、現金を追い求める動きを引き起こし、それによってドルが高騰し、資産価格は暴落し、CPIはゼロを切るところまで下がりました。これが金融危機の幕を切って落としたのです。
FRB議長のベン・バーナンキは、最近出した回想録で、2008年9月のFOMC会合で金融緩和政策を取らないと決めたことは、彼の言葉をそのまま引用しますと、「今にしてみれば明らかな間違いだった」と述べています。
2008年9月もしくはそれ以前にFRBが緩和策を取るべきだったというバーナンキ議長の意見に同意なさいますか?

この質問が興味深いのは、標準的な言説に見られるものよりも鋭い大不況に関する理解を提示しているからである。実際のところ、ジャネット・イエレンが意表を突かれたように見えることからすると、鋭過ぎたのかもしれない。この質問はまた、いつもは明敏なウォールストリートジャーナルの記者スディープ・レディをも公聴会ブログ中継中に躓かせたようである。両者とも、クルーズが言わんとしていたことが、2008年秋にFRBが実際には金融引き締め策を取っていた、ということだというのが信じられない様子だった。しかし、それこそがまさにFRBが実行したことである。ただし、そのことを見て取るためには、消極的な金融引き締め策という概念を理解する必要がある。


これに対しクルーグマンが、クルーズは別に市場マネタリズムを支持しているわけではなく、むしろ金本位制を支持しているのだから、敵に塩を送るような真似をすべきではない、とベックワースを窘めた

When Ted Cruz uses the passive-aggressive method to attack the Fed, claiming that it caused the Great Recession because it didn’t do more in 2008, he isn’t using it to push the cause of market monetarism. He is already on record as an ardent supporter of a return to gold. Needless to say, a gold standard would have meant much tighter, not looser, monetary policy since 2008. But Cruz uses the framing of failure to act as acting in the wrong direction to obscure this point.

The question of whether inadequate policy should be viewed as tightening may seem like a fun word game. But you really don’t want to provide, um, passive support to policy ideas that would make things much worse.
(拙訳)
テッド・クルーズが、FRBは2008年にもっと積極的に動かなかったことによって大不況を引き起こした、と消極=積極論法を用いてFRBを攻撃したのは、それによって市場マネタリズム大義を後押ししようとしたためではない。彼が金本位制への復帰の熱心な支持者であることは既に記録に残っている。言うまでもないが、もし金本位制を取っていたならば、2008年以降の金融政策は、より緩和方向ではなく、より引き締め方向のものとなっていた。しかしクルーズは、FRBが行動を起こさなかった、という話を、間違った方向に行動を起こした、という形で用いて、その点をぼかしている。
不適切な政策は引き締め政策と見做されるべきか、という問題は、言葉遊びのように思われるかもしれない。しかし、事態を増々悪化させるような政策思想に、それこそ消極的な支持を与えるというのは、本意ではなかろう。

ここでクルーグマンが消極=積極論法と言っているのは、この前段で彼が「フリードマンの二段階(Friedman two-step)」と呼んでいるものに相当する。それは、大恐慌FRBのより積極的な金融緩和で防げたはずだ、というフリードマン=シュワルツの(それ自体は真っ当な)分析が、FRB大恐慌を引き起こした、という議論に変質していったことを指している。そうした変質にはフリードマンも責任があった、とクルーグマンは言う。その上でクルーグマンは、フリードマン自身は金融政策以外についてはレッセフェールを望んだものの、金融政策についてはM2目標の名の下にFRBが積極的に動くことを主張していた、と指摘する。しかし、大恐慌の責をFRBに負わせた彼の言動により、他の人々は金融政策も含めた全面的なレッセフェールを主張するようになり、金本位制への復帰を唱えるに至った。そして、クルーズはそうした過程をインターネット時代のスピードで再現している、というのが今回の件に関するクルーグマンの見立てである。