ケインズの供給関数と需要関数

かつて大学の同級生だったというNick Roweとロジャー・ファーマーが、ケインズの供給関数と需要関数について論争を交わしている。

まず、ファーマーが以下のような45度線図を2/24付けブログエントリで示したのに対し、

Rowe2/26付けブログエントリで、45度線は供給曲線ではない、として以下の図を示した。

Roweが自ブログでエントリを上げる前、ファーマーのエントリのコメント欄で両者がやり取りをしているが、面白いのは、ファーマーが西オンタリオ大学の講義でDavid Laidlerから45度線が供給曲線だと聞いたと述べているのに対し、RoweはLaidlerから45度線は供給曲線ではないと聞いたと述べ、両者の記憶が食い違っている点である。

ファーマーの解釈によれば、実際の生産は45度線(=供給曲線)と需要曲線の交点で決まる。Roweの解釈によれば、実際の生産は、供給曲線と45度線の交点および需要曲線と45度線の交点の小さな方として決まる*1
従って、上のRoweの図では、需要曲線と45度線の交点Y'が準均衡であるが、そこでは超過供給が生じている。これを解消するには、需要曲線が上にシフトしてY*で45度線と交わるようにするしかない。その時は供給曲線もそこで交わるので、超過供給も超過需要も無い、完全な均衡となる。


次いで両者の意見が食い違ったのが、供給関数の関数形についてである。2/28エントリRoweは、供給関数、労働需要曲線、労働供給曲線を以下のように説明した。

  1. 供給関数:Y=f(L)
    • 生産Yは雇用Lの関数。
    • 例:Y=log(L)
  2. 労働需要曲線:W/P=MPL(L)
  3. 労働供給曲線:W/P=MRS(L,Y)


上記の3つの式から、3種類の供給関数が求まる。

  1. 企業が生産を望むだけ売ることができ、労働を望むだけ買うことができる場合の生産をW/Pの関数として表わしたもの
    • 1と2から、ケインズのいわゆる総供給関数PY/W=S(L)が求まる。
      • 例:PY/W=L×log(L)
    • これは、賃金単位で測った生産の価値を雇用の関数として表わしたものであり、名目賃金Wが粘着的な場合の教科書的な短期の供給曲線Y=H(P/W)と等価である。
      • 例:Y=log(P/W)
  2. 家計が労働を望むだけ売ることができ、生産を望むだけ買うことができる場合の生産をW/Pの関数として表わしたもの
    • 1と3から、ケインズの一般理論に無い総供給関数PY/W=Z(L)が求まる。
      • 例:W/P=Y/(1-exp(Y))
    • これは、価格Pが粘着的で名目賃金Wが完全に伸縮的な場合のニューケインジアンモデルに含意される短期の供給曲線と等価である。
    • 経済は常に労働曲線上、生産関数上にある。
  3. 家計と企業は共に望むだけ売ることができる場合の生産をW/Pの関数として表わしたもの
    • W/Pが企業と家計の販売量を調整。
    • 1と2と3から、Y=Y*が求まる。
      • 例:Y=(1-exp(Y))/exp(Y)
    • これは、教科書的な長期の供給曲線であり、前二者の供給関数が共に満たされた場合の供給関数である。


ここからRoweは、一般理論(の第三章)は供給面について何ら新しい考え方を提示していない、と結論付けている。
Roweに言わせれば、一般理論の新しい面は需要面である。即ち、財への需要が、家計が実際に売ることのできる労働量の関数である、という考え方である。その時、労働の販売に制約が掛かれば、所得は減少し、需要も減少する。このように需要が需要に依存する、という考え方が新機軸であった、とRoweは言う。


それに対しファーマーは、3/1付けエントリで、一般理論で提示されたのは最初の供給関数だけであり、他の2つの供給関数は、ケインズが本当は何を意図していたのかを見極めようとして後世の経済学者が失敗した結果の誤った解釈に過ぎない、と述べている。ファーマーに言わせれば、粘着価格(第二の供給曲線)も第二公準裏口入学(第三の供給曲線)も不要であり、1950年代のMITが間違った方向に我々を導いたに過ぎない、とのことである。
その上でファーマーは、供給面について何ら新しい考え方を提示していない、というRoweの一般理論評に反論し、第二公準を落とした(=労働供給曲線を捨て去った)ことが供給面の新規展開だった、と述べている。また、需要が需要に依存するというのが新たな考え方だった、という点には同意しているものの、ケインズの消費関数はデータに適合せず、恒常所得仮説リカードの中立性といった議論に道を開く結果となった、と指摘している。そして、もしそれらの議論がケインズ乗数効果は誤りという結論に達したとしても、ケインジアンの手元には第二公準を否定した供給理論が残るのだ、と改めて強調している。


なお、Roweは、ケインズが生産を賃金を単位として測定していることに異を唱え、それによって実質賃金が倍になると、生産水準と実質所得が変わらない場合、生産への需要が倍になるが、それは意味をなさない、とも述べている*4。ファーマーはその点にも反論し、財が複数ある経済では生産の唯一の概念は存在せず、賃金単位でGDPを測定することは巧妙なやり方なのだ、と述べている。

*1:ただしRoweは、必要以上に需要もしくは供給する義務が発生したり、需要もしくは供給に錯誤があったりすれば、実際の生産は45度線との交点でさえない、とも述べている。図で言えば、本来の需要はY'であるが、何らかの理由によってY'より右側(もしくは左側)に実際の生産が決着することもあり得る、ということのようである。

*2:cf. ここ

*3:余暇と消費のコブ=ダグラス型の効用関数を仮定した場合。cf. ここここ

*4:ただ、Roweによるケインズの需要関数の定式化Y=(W/P)D(F-1(Y))において、生産と生産への需要の区別が付いていないことにも問題があるように思われる;この式はYD=(W/P)D(F-1(Y))(ただしYDは生産への需要)とすべきかと思われる。その場合、Yが変わらずにYDが増えれば経済は過熱し、Pが上昇して均衡が取り戻される、という通常の賃金インフレの経路を辿ることになるように思われる。