短期の供給ショック

についてMark ThomaNick Roweが相異なる観点から論じた。

Thomaの論点は以下の図に集約される。

従来は潜在GDPと言えば一種類しか存在しないかのように論じられてきたが、実は短期の潜在GDPというものも存在するのではないか、とThomaは言う。上の図で言えば、黒点線の長期の潜在GDPのほかに、青線の短期の潜在GDPが存在するのではないか、とのことである。
従来の潜在GDPを巡る議論*1では、潜在GDPは点線のトレンドを維持しているはずだから、黒実線の現実GDPとの差であるGDPギャップは依然として大きい、と論じる人たちと、いや実は潜在GDPも低下してきているので、GDPギャップは縮小しつつある、と論じる人たちの間で論争が繰り広げられてきた。Thomaの議論は言わば両者の折衷案で、潜在GDPには需要と同様に短期的ショックの影響を受けるものがあり、GDPギャップはそれと現実GDPの差に相当する。しかしそれとは別に、循環的な要因が無ければ達成される長期的な潜在GDPもまた存在している。従って、政策当局者が短期の供給力の低下を長期のものと誤認して、経済押し上げの政策努力を止めてしまうとは間違いだ、というのが彼の主張である。


このようにThomaは、短期の供給ショックを景気循環要因の供給サイドへの影響という観点から論じたが、主流派経済学理論に則り、価格粘着性という観点から論じたのがRoweである。即ち、垂直の長期の供給曲線と右下がりの需要曲線を考えた場合、需要の変化は価格の変化のみもたらすことになる。しかし実際には、短期的には需要の変化は生産の変化をもたらすので、価格粘着性に基づき、右上がり(もしくは水平)の短期の供給曲線を導入する必要がある。すると、今度はその短期の供給曲線へのショックを論じることになるが、その短期の供給ショックというものの正体が良く分からん、というのがRoweがブログで投げ掛けた疑問である。例えば悪天候などが短期の供給ショックの例に良く挙げられるが、短期と長期の供給の差はあくまでも価格粘着性の有無によるはずであり、悪天候はそれに相当しない。むしろそれは、長期供給曲線が一時的に左にシフトしたものと考えるべき、と彼は言う。

このRoweのエントリにマンキューが反応し、価格の分布の歪みの変化に焦点を当てたローレンス・ボールとの以前の共著論文を一つの回答として提示したが、Roweはその回答に満足していない。


なお、Roweの議論をThomaの話に適用すると、興味深い考察が得られる。即ち、(インフレタカ派がしばしば懸念する)総需要喚起策によって生じるインフレは、あくまでも生産が短期の供給曲線に沿って動く際の物価の変化に過ぎず、需要が供給を超えたことによるインフレとは別物、ということになる(イメージ的には下図参照。P-Y平面図において、赤線が長期の供給曲線、青線が短期の供給曲線、緑線が需要曲線)。

*1:cf. ここここ