テイラーの名目GDP批判への反論

少し前にテイラーが名目GDP目標を批判し、サムナーが応戦する、ということがあった。それに対し、Uneasy MoneyのDavid Glasnerが、サムナーは善戦したがテイラーに止めを刺すには至らなかった、と評している。その一方で、Glasnerがテイラーへの止めの一撃と評したのが、George Selginの12/1ブログエントリである。


ここでやや意外の感に打たれるのが、George Selginというのがケイトー研究所のシニアフェローを務める経済学者で、彼の書いたブログがフリーバンキングを推進する人々の集団ブログであるという点である(ここで最近の論文を紹介したSteve Horwitzも名を連ねている)。つまり、ハイエクないしオーストラリア学派に近く*1、かつ、フリーバンキングという中央銀行制度とは異なる制度を追求しているので、一見すると名目GDP目標とは相容れない立場のように思われる。しかし、ラルス・クリステンセンがこの論文で指摘したように、実はフリーバンキングと名目GDP目標は相性が良いようである(1ヶ月前にはクリステンセンはSelginを「one of the pioneers of NGDP targeting」とさえ呼んでいる)。さらに、クリステンセン論文の脚注31でリンクしている小論では、Selgin自身がサムナーと自分の考えが近いことを認めている(Bill Woolseyによるその小論についての解説も参照)。


それはともかくとして、Selginのテイラー批判の概略は以下の通り。

  • テイラーは、インフレショックが価格水準、ひいては名目GDPを目標経路から上振れさせた場合には、FRBは引き締めを行わなくてはならず、その引き締めによって実質GDPインフレ目標の場合よりも低下してしまう、と言う。しかし彼は、そもそもそのインフレショックが引き起こされる原因についての考察を怠っている。
  • もし負の供給ショックによってインフレショックが引き起こされるならば、正のインフレショックは負の生産ショックを伴っているはずである。その場合、名目GDPがテイラーの言うように上振れすると信ずべき理由は無い。
    • 例えばサムナーや自分が良くやるように価格×生産=一定という直角双曲線の需要曲線を考えるならば、供給曲線のシフトは名目GDPの変化をまったくもたらさない。
    • その場合に、インフレ目標では実質GDPの落ち込みがより小さいと言うならば、インフレ目標下では一時的に実質GDPを長期的な均衡水準より上振れさせる必要があることになるが、それをテイラーが望んでいるとは思えない。
  • もし総需要の増大によってインフレショックが引き起こされるならば、正のインフレショックは生産の増大を伴っているはずである。そうした生産の正のショックは、中銀の名目GDP目標から実際の名目GDPが乖離したために発生する事象であり、名目GDP目標を否定する根拠たり得ない。また、この問題はインフレ目標でも同様に起こり得る話*2


さらにSelginは、返す刀で、サムナーやマッカラムをも批判している。というのは、サムナーやマッカラムも、テイラーと同様に、実質GDPと価格をそれぞれ安定させることを念頭に置き(いわゆるFRBのdual mandate)、名目GDP目標も両者を安定させるための手段と見做している(ように見える)からである。Selginに言わせればこれは間違いであり、名目GDPはそれ自体が目標なのだ、と彼は強調する。
このSelginの議論に対しサムナーは、確かに実質GDPと価格それぞれの変動をゼロに近付けるのはSelginの言うように自然に発生する変動をも押さえ込むという点で望ましくないし、目標も二つではなく一つ(=名目GDP)に絞った方が良いが、ただ、両者の平均値を安定させるという点でdual mandateという考えは有効なのではないか、と反論している



なお、テイラーが名目GDPを批判した際のもう一つの論点としては、ルールの衣をかぶった裁量ではないか、という(池尾和人氏が「鋭い」と称賛した)指摘がある。これについては、サムナーが、政策金利がゼロに達してさらなる刺激が必要な場合のテイラー・ルールの非裁量的ルールとは何なのか、と反問している。また、Glasnerは、ハイエクが「自由の条件」の第21章で金融政策の裁量とルールについて考察したことを(同書から引用しつつ)指摘し、テイラーは(エントリで彼が引いた)フリードマンを忘れてハイエクを勉強すべし、と反論している

*1:ただし本人はこのインタビューで、以前は自分がオーストリア学派に属していると考えていたが、今はそうした何々学派というラベルから自由な立場でいることを心掛けている、と述べている。

*2:この点についてSelginは、サムナーのブログでのBob Murphyのコメントに応える形で、そもそもテイラーは名目GDP目標云々以前に伸び率目標と水準目標の違いを論じている、と追記している。