ニューケインジアンはティンカーベルの夢を見るか?

昨日に続きSF小説ネタのタイトルを付けてしまったが、ここで紹介したティンカーベル論争に触発されて、Nick Roweがニューケインジアンモデルについて以下のような疑問投げ掛けている

Roweの疑問

ニューケインジアンでは、オールドケインジアンIS曲線を、オイラー方程式で置き換えている。式で表すと、今期の消費をC1、来期の消費をC2、実質金利をrとして
   C1/C2 = D(r),  D'(r)<0
(ただし需要項目としては消費しかないものとする。即ち、投資、政府部門、輸出入は捨象。)


今、完全雇用を満たすrが5%、その時の消費=生産を100とする。即ち、
   D(5%) = 100/100


しかし、これは生産が完全雇用水準でなくても成立してしまう。
   D(5%) = 100/100 = 90/90 = 80/80 = ・・・
つまり、中銀が金利完全雇用水準にセットしても、ニューケインジアンのISモデルでは不完全雇用水準で均衡してしまう可能性がある。言い換えれば、ニューケインジアンのISモデルには完全雇用水準へ収束する傾向が内在していないのではないか? これがRoweの第一の疑問である*1


また、不完全雇用水準(たとえば90)で均衡してしまった時、中央銀行金利を4%に引き下げたものとする。ここで、D(4%) = (1/0.99)であるものとしよう。 通常の想定では、その政策によって今日の消費が100にジャンプし、完全雇用水準での均衡が達成される。そうなれば、中銀は金利をまた5%に戻せばよい。
しかし逆に、次期の消費が一層縮小するという経路も、合理的期待形成を満たす。その場合、C1=90、C2=89.1、C3=88.2、…と経済がどんどん縮小していくことになる。それを防ぐのは、経済は将来は静的な状態に達し、そのように縮小を続けることはない、と人々が信じるためではないか? 言い換えれば、人々が完全雇用水準に飛ぶと信じているから経済がそこに飛ぶ、というティンカーベル原理がここで働いているのではないか? これがRoweの第二の疑問である。


Adam Pの回答

上記のRoweの疑問に対し、常連コメンターのAdam Pが、供給サイド(企業ならびに労働市場)を考えていないからそんな馬鹿な結論に達するのだ、と厳しく批判した。
Adam Pによると、Roweの第一の疑問への回答は以下の通り

  1. 総需要の減少に直面した企業は、価格を下げるか、コストカットのため賃金を下げて対応する。価格を下げた企業も、利益率確保のため賃金を下げる。
  2. 総体的な価格の低下速度は賃金の低下速度より遅いため、実質賃金が低下する。これにより労働市場から退出する者が現われ、雇用が減少する。
  3. さらに価格が低下し、総需要が回復する*2。同時に実質賃金が再び上昇に転じて元に戻り、それによって雇用も元に戻る。最終的には生産も雇用も元の水準に戻るが、価格は以前より低下している。

つまり、供給側の要因、就中、企業の利益最大化行動によって完全雇用水準に戻る力が働く、というのがAdam Pの説明である。
さらに彼は、その供給側の要因によって決まる生産に需要が一致するとは限らないのではないか、というRoweの疑問に対しては、それは横断性条件によって一致するのだ、と回答している。


そしてAdam Pは、Roweの第二の疑問で挙げた経済縮小の経路も、横断性条件からして起こりえない、と指摘する。というのは、このように供給側から定まる所得に比べて需要がどんどん縮小していくことは、貯蓄が雪だるま式に増えていくことを意味するからである。
また、そもそも企業が価格を切り下げて総需要を増やそうとしているのに(上記のステップ3)、そこで総需要が減るのは矛盾、とも指摘している


ちなみに、こうした一連のAdam Pのコメントを受けて、Roweは「分かった、もう少し考えてみる」と議論を引き取っている

*1:これに対し、オールドケインジアンのISLMモデルでは、経済が不完全雇用水準にあると、フィリップス曲線により賃金/物価が下落し、実質貨幣残高M/Pが上昇し、LM曲線が右にシフトし、金利の低下と産出の増加をもたらす。即ち、完全雇用に向かう傾向が内在している、とRoweは言う。

*2:ここでは中銀が十分に実質金利を下げることができ、デフレスパイラルには至らないことが仮定されている