右上がりのIS曲線と流動性の罠

先月、Nick Roweの提唱する右上がりのIS曲線を紹介した。


その主張を整理するため、改めて通常のIS曲線の式を導出してみると、以下のようになる*1
投資I、消費C、生産Y、金利rについて以下の3式の関係を仮定すると(cはMPC=限界消費性向、eはMPI=限界投資性向、bは投資の利子弾力性)
  I=I0+eY-br
  C=C0+cY
  Y=I+C
以下のIS曲線の式が導かれる。
  r=-{(1-e-c)/b}Y+(I0+C0)/b


Roweの主張は、この式においてe+c=MPC+MPI>1なので、Yを横軸に取ったrの傾きは正になる、ということである。


なぜMPC+MPI>1となるのか? Rowe8月8日のエントリでその理由を以下のように説明している。

For a given real rate of interest, the desired stock of capital will be higher in a boom than in a recession.
Investment is a flow, and the capital stock is a stock. If it weren't for adjustment costs, a small change in the desired stock of capital, above or below the actual stock of capital, would cause an infinitely large positive or negative flow of desired investment. So if the desired stock of capital depends on income, the marginal propensity to invest (the change in desired investment divided by the change in income) could be very large indeed.
We know this. There's nothing new here. The Old Keynesians knew this.
(拙訳)
所与の実質金利において、望ましい資本ストックの水準は好況時に不況時より高くなる。
投資はフローであり、資本ストックはストックである。調整コストが無ければ、望ましい資本ストックが実際の資本ストック以上もしくは以下に僅かに変化することは、望ましい投資の正もしくは負の無限大に近いフローをもたらす。従って、望ましい資本ストックが所得に依存するならば、限界投資性向(望ましい投資の変化を所得の変化で割ったもの)は非常に大きなものとなり得る。
我々はこのことを知っている。この話に特に新しいことは何も無い。オールド・ケインジアンもこのことを知っていた。


そしてRoweは、昨日紹介したデロングとStephen Williamsonのやり合い*2に触発された形で、この右上がりのIS曲線を基に流動性の罠について考察している。そこで彼は、以下の図を提示している(ここでは名目金利と実質金利の差は無視している)。

通常の右下がりのIS曲線の場合、所得の完全雇用水準(Y*)における垂直線とIS曲線の交点の金利r*(=自然利子率)は、不完全雇用水準にある現在の金利水準より低くなる。現在の金利水準がゼロならば、それはマイナス金利を意味する。これが流動性の罠の一つの表現である。


しかし右上がりのIS曲線においては、上図の通りr*はプラスとなる。


では、金利rをそのr*まで上げれば完全雇用水準が達成されるのか? もちろんそうではない。このIS曲線はあくまでも所得→金利の因果関係を示すものであり、金利→所得の因果関係を示しているわけではないからである。その点についてRoweは、8/8エントリで

That does not mean an increase in the rate of interest causes income to rise. It means an increase in the rate of interest causes income to fall and keep on falling.
(拙訳)
このことは金利の上昇が所得の上昇をもたらすことを意味しない。このことが意味するのは、金利の上昇が所得の継続的な下落をもたらす、ということである。

と書く一方で、今回のエントリで

...a sustained increase in demand for goods would have such a strong self-reinforcing effect on desired investment and consumption that interest rates would need to rise to keep output demanded equal to output.
(拙訳)
…財への継続的な需要の増加は、望ましい投資と消費の水準に対し極めて強い自己補強的な効果を発揮するため、需給を一致させるために金利が上昇する必要がある。

と説明している。


つまり、以前小生が書いた

需給ギャップが縮小するのであれば、需要の成長率が、一時的にせよ、潜在成長率の上昇以上に上昇する必要がある。つまり、供給力の上昇によって需要が需要を呼ぶような展開がもたらされることが必須となるわけだ。いわば、経済のこの段階においてセーの法則(ないしはそれ以上の供給から需要への効果)が働くことが求められるわけである。

というような状況が発生して初めて金利も上昇する、ということである。


では、そのような状況はどうやったらもたらされるのか? これについてRoweは、カナダ中銀は既にそのような状況をもたらした、と説明している:

The LM curve does not have a fixed slope. The slope of the LM curve is whatever the central bank wants to make it. The slope of the LM curve depends on how the central bank adjusts the supply of reserves in response to changes in interest rates, real income, inflation, and anything else the bank looks at when it decides what it needs to do to hit its target. And that depends on the time-frame. In normal times, I would say that the Canadian LM curve is vertical. It's vertical because the Bank of Canada makes it vertical. It's vertical because the Bank of Canada responds to IS shocks by doing whatever is needed to keep the demand for output equal to potential output, which it needs to do to prevent inflation moving away from target. A shift in the IS curve, with potential output unchanged, will have no effect on income. Simply because the Bank of Canada won't let it have any effect on income. That is equivalent to an LM curve that is vertical at Y*.
(拙訳)
LM曲線には決まった傾きは無い。LM曲線の傾きは中央銀行の望むところに従って如何様にもなる。LM曲線の傾きは、金利や実質所得やインフレやその他の中銀が目標達成のために何が必要かを決定する際に参照する諸々の指標の変化に応じて中銀がどのように準備預金の供給を調整するか、によって決まる。また、時間の枠組みによっても決まる。通常時には、カナダのLM曲線は垂直線だ、と言って良いだろう。それが垂直になるのは、カナダ銀行がそれを垂直にするからだ。それが垂直になるのは、カナダ銀行IS曲線へのショックに対し必要なあらゆる手段を講じて対応し、インフレが目標から逸れないようにするための必要条件である需要と潜在GDPの一致を維持するからだ。IS曲線のシフトは、潜在GDPが変化しないならば、所得に何の変化も及ぼさない。その理由は単純で、カナダ銀行がそれを許さないからだ。そのことは、Y*において垂直なLM曲線と等価である。


しかし上図でのLM曲線は、現在の不完全雇用水準での垂直線と、ゼロ金利での水平線の2つから成り立っている。Roweに言わせれば、これは米国(および日本、欧州の一部)を表現したものだという。即ち、取りあえず所得を現在より低下させない、という防衛ラインは敷いている。しかし、その防衛ラインをY=Y*まで押し上げるという決然とした意思は見られず、現在の防衛ラインの先ではゼロ金利を継続する、と言うだけである。実際に完全雇用水準に到達すればまたLM曲線は垂直になると思われるので、結局FRBはU字型のLM曲線を望んでいることになる。2つの垂直なLM曲線とIS曲線の交点は安定であり、中間の水平なLM曲線とIS曲線の交点は不安定である。従ってこれは複数均衡モデルになっている、とRoweは(Andy Harlessのコメントに応えて)述べている。


だがいずれにせよ、この図からは、財政政策によるIS曲線のシフトもマイナス金利完全雇用水準への復帰手段としては出てこない、とRoweは言う。現在の状況を流動性の罠と呼びたければ呼んでも良いが、インフレにより実質金利をマイナスにできるかどうかという問題を抜きにしても、ゼロ金利下限が完全雇用を妨げているわけではない、というのがRoweの見解である。

*1:cf) このサイト

*2:その後Williamsonは反論エントリを上げ、デロングのエントリのコメント欄にその旨書き込んでいる。