フラッシュ・クラッシュは仕掛けられたのか?

Nanexという株価(ならびにオプション・先物価格)データフィードのベンダーが、自社に蓄積されたデータを生かして、5月6日に発生した米国株急落(瞬時急落=フラッシュ・クラッシュと称される*1)の分析を行っているMarginal Revolution経由)。
分析の概要は以下の通り。

  • 14:42:56に、NYSEニューヨーク証券取引所)の約100銘柄の買い気配が、全国の9つの取引所を通じた最良売り気配(National Best Ask)を上回り始めた。2分後には、そうした銘柄の数は250以上に達した。データを見てみると、これは、NYSEの気配の処理が他市場に比べて遅れたためであったことが判明した。即ち、他市場の売り気配の低下に、NYSE買い気配の低下が追随できていなかった。それにも関わらず、NYSEの気配に打刻された時刻(タイムスタンプ)は最新のものになっていた。
  • NYSE買い気配が他市場の売り気配を上回ったということは、市場間の裁定取引の機会を意味する。高頻度取引(High Frequency Trading=HFT)システムは、鞘取りを狙って、他市場に買い、NYSEに売りの注文を入れた。これによって、NYSEは該当銘柄への売り圧力を一身に集めることになった。
  • 数分後、NYSEで成立した約定がフィードに流れ始めたが、その約定価格は全国最良買い気配(National Best Bid)をやや下回り、当日の新安値を付けるものだった。これは誰も予期していないことだった――NYSE買い気配はもっと高いはずだったからだ。このことは、NYSEの約定や気配のタイムスタンプが正しくなかったことを示唆している。
  • ただし、もしNYSEの伝送処理が追いつかずに待ち行列(キュー)に溜まった気配が、キューから送信に移る段階になって初めてタイムスタンプが打刻されるものと解釈すると、すべての謎は解ける。実際、このようにNYSEの気配価格がタイムスタンプと矛盾する現象は、過去にも2009/10/30と2010/1/28の2回発生していた。しかもそれが起きたのは、まさにNYSEが伝送の遅れが発生したとアナウンスした時間帯だった。
  • 2010/5/6には、そうした気配の伝送の遅れが、NYSE買い気配を他市場の最良売り気配より少し高く見せた一方で、何だか遅れがあるようだぞ、とシステムが明確に検知できるほどのものではなかった。結果として売り注文がNYSEに殺到し、それらはNYSEの指定マーケットメーカー(designated market maker=DMM)の板に存在した買い注文と付け合わされて約定した。なお、約定は気配とは別のシステムで伝送され(Consolidated Tape SystemCTS;気配はConsolidated Quotation System=CQS)、かつ気配よりも量は遥かに少ないので、約定報告には遅れは滅多に発生しない。
  • この現象に巻き込まれた銘柄の多くは、大型株かつ市場先導株であり、業種も多岐に亘っていた。また、高頻度取引システムの多くはNYSEの気配と約定データに高い信を置いていたため、そうした株価の突然の下落を告げる約定報告を受けて、自動的に売りポジションを取った。それが売りが売りを呼ぶ展開を招いた。
  • 証券会社の一部は、データフィードの正確性に疑問を抱き(おそらく気配情報の遅れに気付いたのだろう)、取引から手を引いた。それがますます流動性を枯渇させた。
  • また、5/6のデータを見ていると、ある取引所から、1銘柄につき1秒間に1000回以上(最大で5000回)の気配が送られてくるという事象が数百件見つかった。しかも、そうした気配は全国最良気配(National Best Bid/Offer=NBBO)から大きく外れており、約定を狙ったものではなかった。それらの幾つかをさらに分析した結果、そうした気配の発生原因は以下の3つのいずれかであるという結論に達した。
    1. プログラムのバグ
    2. ウィルス
    3. 気配システムに過度の負担を掛けようとして意図的に行われた

以上の分析結果を受けて、Nanexは以下のような制度改善を提案している。

  1. 気配と約定のデータは、発生時点でタイムスタンプが打たれるべき。それによって誰もが遅延を検知できるようになる。
    • そもそもそうなっていないのが驚き。
       
  2. 気配を渋滞させるような行為は禁止すべき。
    • データフィードは有限な資源として扱うべき。
       
  3. 気配の存続時間に50ミリ秒ルールを適用すべき。即ち、気配は、約定するか、50ミリ秒が経過するまで有効、とすべき。ただし気配が全国最良気配となっているならば、50ミリ秒を待たずに、より良い気配(より高い買い気配、もしくはより低い売り気配)に指し直せるものとする。
    • 50ミリ秒は概ね光速でニューヨークとカリフォルニアを往復するのに掛かる時間。全国最良気配が(アラスカとハワイを除いた)全国で約定の対象にできなければ、全国の名が泣こうというもの。このルールを導入しても、約定が執行される限り、気配は1秒間に何千回でも更新できるので、気配と約定の比率に何らかの制約を課することにはならない。また、このルールの影響を受ける気配は全体のごく小さな割合に留まる一方で、破壊的なほど極端に更新頻度の高い気配を取り除くことができる。

*1:ちなみに小生は、最初この言葉を見た時、フラッシュを巡るアップルとアドビの衝突の話かと思った。