右上がりのIS曲線?

IS曲線と言えば、下図(以前のエントリの図を再掲)のように右下がりであるのが通常だが、ジョン・コクランとNick Roweが右上がりのIS曲線を提唱している。


ただし正確には、コクランについてはコクラン自身が右上がりのIS曲線を明示的に提唱したわけではなく、デロングコクランの論文をそう解釈している。曰く:

Cochrane's model has the standard "LM" curve built off of the money demand function and the money-spending equilibrium condition. It has an "IS" curve built off of a bonds-spending equilibrium condition. But its "IS" curve is not downward but upward sloping: A higher interest rate lowers the attractiveness of the fixed stock of government debt. Spenders then try to dump their government bonds in order to purchase more of currently-produced goods and services instead. And so the higher the interest rate, the higher is the flow of spending needed to maintain bonds-spending equilibrium.
(拙訳)
コクランのモデルには、貨幣需要関数ならびに貨幣と支出の均衡条件から導出された標準的な「LM」曲線が備わっている。同モデルには、債券と支出の均衡条件から導出された「IS」曲線も備わっている。しかしその「IS」曲線は、右下がりではなく右上がりである:金利の上昇は一定残高の政府債務の魅力を減らし、そのため支出主体は保有国債を手放して、代わりに、現在生産される財やサービスの購入を増やす。つまり、金利が上がるほど、債券と支出の均衡を維持するための支出フローが大きくなる。


上のIS曲線の図を変形してこのコクランの考えを表わすと、以下のような感じになろうか。

デロングは、このモデルではLM曲線もIS曲線も右上がりなので均衡が不安定になるが、現実には大恐慌的な不況やハイパーインフレーション的な状況は10年ごとに起きているわけではない、とモデルの正しさに疑問を投げ掛けた上で、ノアピニオン氏クルーグマンによる批判も紹介している。



一方、このデロングのエントリを受けて確信犯的に右上がりのIS曲線を提唱したのが、Nick Roweこのエントリである*1。ここでのRoweのポイントは、LM曲線とIS曲線の動きは独立ではない、という点にある。より具体的には、LM曲線のシフトをもたらすような金融政策について人々がフォワードルッキングであるとすれば、それに基づいて今日の需要行動が変化する、ということである。その人々の予想する金融政策が引き締め策であれば、それはLM曲線の左上方向へのシフトをもたらすと同時に、IS曲線の左下方向へのシフトももたらす。緩和策であれば、その逆である。つまり、上の一番目の図で示したIS曲線とLM曲線の変化が、(独立にではなく)同時に起きることになる。


そう考えた場合、IS曲線のシフトを考えることにどれだけの意味があるのか、というのがRoweの問題提起である。ある曲線のシフトを考えるのは、別の曲線が安定的である場合に意味を持つ。しかし、両者が同時に動くのであれば、片方の曲線はもっと中期的なタイムスパンで捉えるべきではないか、とRoweは言う。すると、IS曲線は右上がりのものを考えるのが適当になる、と彼は主張する。


このRoweの議論を図で表現すると、以下のような感じになろう。

この図では、金融緩和でLM曲線が右下にシフトすると、右上がりのIS曲線に沿って、両者の交点が左下にシフトする。即ち、金利が低下すると同時に生産が低下している。これはいみじくも、低金利は金融引き締めの表れ、というサムナーが好んで引用するフリードマンの格言をISLMの枠組みで表現した格好になっている。案の定、と言うべきか、コメント欄には早速サムナーが姿を現し、これはまさに自分が言いたかったことだ、とコメントしている*2


さらにRoweは、このようにタイムスパンを広げて曖昧にすることはニューケインジアンは嫌いかもしれないが、昔のケインジアンは良くやっていたし、現実世界でもしばしば見られることだ、と論じている。そして、それによって分析時点に将来の不況が取り込まれた結果、「現時点」の所得に対する消費の限界性向と投資の限界性向の和が1を超えることもままある、と彼は言う。その場合、ケインジアン・クロスにおいて需要曲線の傾きが45度よりも急であることを意味するが、そこからも右上がりのIS曲線が導かれる、と彼は指摘している。というのは、その場合に金利の上昇は総需要を増加させるからである。
再び以前のエントリの図を基にRoweのこの考えを表現すると、以下のような感じになると思われる。

この交点は従来のケインジアンの分析の枠組みではもちろん不安定になるが、そうした枠組みでは金利が固定されていた上に、すべての動学が生産の需要への反応という形で表現されていた、とRoweは述べている。

*1:Roweはデロングのエントリのコメント欄でも簡単に同様の内容を投稿している。

*2:ただし自分はISLMは理解できないのだが、といういつものISLM批判も忘れずに付け加えているところもサムナーらしい。