Mostly EconomicsがダドリーNY連銀総裁*1のBIS講演を紹介している。
以下はその一節。
During and following financial crises, problems in the financial system can impair the transmission of monetary policy to the real economy. When this happens, policy may need to be more accommodative than otherwise in order to achieve its objectives.
The experiences of both Japan and United States are cases in point. In retrospect, we know that following the collapse of the property bubble and the investment boom in Japan in the 1990s, the Bank of Japan (BoJ) did not follow a sufficiently accommodative monetary policy to prevent deflation. Although the BoJ response was appropriate relative to the economic forecasts that prevailed at the time, those forecasts proved much too optimistic. Thus, policy was insufficiently accommodative with the benefit of hindsight. To a lesser degree, the same critique also applies to the United States. Despite an aggressive shift towards greater monetary policy accommodation in 2008 and 2009, and ongoing subsequent easing – which has supported a return to growth and helped to facilitate needed adjustments in housing and household balance sheets – the economic recovery has been consistently weaker than forecast. As a result, the Federal Reserve has fallen short of meeting its employment and inflation objectives. This suggests that with the benefit of hindsight, U.S. monetary policy, though aggressive by historic standards, was not sufficiently accommodative relative to the state of the economy.
(拙訳)
金融危機の間、および事後において、金融システムの問題が、金融政策から実体経済へのトランスミッションを損なうことがあります。そうした事態に陥った時には、目的達成のために政策を通常時に比べてより緩和的とする必要があります。
日米両国の経験がまさにそのことを示しています*2。日本での1990年代の資産バブルと投資ブームの崩壊の後、日本銀行がデフレを防ぐのに十分に緩和的な金融政策を採らなかったことを今の我々は知っています。当時の主流の経済予測に照らせば日銀の反応は適切なものでしたが、そうした予測はあまりに楽観的過ぎたことがやがて明らかになりました。つまり、後講釈で言えば、当時の緩和策は不十分でした。日本ほどではありませんが、米国にも同じ批判が当てはまります。2008年と2009年に金融政策は非常に緩和的な方向へ積極的に舵を切り、それに続く量的緩和――それは経済成長を取り戻すことを助け、住宅や家計のバランスシートに必要な調整の円滑な進行を支援しました――は現在も継続中ですが、景気の回復は一貫して予測を下回ってきました。結果として、FRBは雇用とインフレの目標を達成できませんでした。このことは、後講釈で言えば、米国の金融政策は歴史的基準から言えば積極的だったものの、経済の状態から言えば十分に緩和的ではなかった、ということを示唆しています。
ダドリーはこの講演で、金融システムが不安定な状態では金融政策が効かなくなる、というのが今回の危機の最大の教訓であった、と述べている*3。その悪影響は、以下の3つの経路によるという。
- 金融システムの不安定性がもたらす総需要への大きな衝撃により、中央銀行がゼロ金利下限に直面する事態に至る。
- そうした状況下では、ショックの影響を金融刺激策で相殺するのは容易ではない。
- そうした状況下では、ショックの影響を金融刺激策で相殺するのは容易ではない。
- 金融システムの不安定化により、金融政策と金融状況との関係が損なわれる。
- 金融危機時には緩和政策を実施してもスプレッドやリスクプレミアムが高止まりすることにそのことが良く表れている。
- 銀行システムの資本不足、各種の摩擦と市場の失敗の相互作用も、金融ショック後の信用の利用に制約を掛ける。
- 金融状況と総需要の関係も損なわれる。
その上で、その悪影響が中銀の政策に対して投げ掛ける意味として、以下の3点を挙げている。
- 金融システムの不安定化を防ぐことは中銀にとっても大いなる意味を持つ。
- 金融システムが不安定化してしまった場合には、それを安定化させるために中銀が果たすべき役割は重要。
- 金融政策のスタンスは、金融政策のトランスミッション経路がどれだけ機能しているかに照らして判断すべき。
- 金融システムの不安定化により金融政策のトランスミッション経路が損なわれた時、長期間の歴史的関係に基づく単純なルールに従うことは、過度に緊縮的な金融政策につながりかねない。
この3番目の点を示す好例として、冒頭で引用した日米両国の経験を挙げたわけである。
また、「長期間の歴史的関係に基づく単純なルール」としてテイラールールを名指ししており、暗に最近のテイラーのFRB批判に反論している。
さらに、金融システムの安定化にまで中銀が責任を持つようになるのは権限の過度の集中であり、却ってその独立性を脅かす結果につながるのではないか、という想定される懸念に対しては、金融政策が効かなくなるという問題の方が大きく、そうした懸念は説明責任の確保で対応できる、と応じている*4。
*1:ここで紹介したデロングの5分類ではバーナンキやイエレンと同じグループに分類されている。
*2:ここでダドリーは5/21のジャパンソサエティでの講演を参照先に挙げている。
*3:Mostly Economicsは、かつては貨幣供給の安定が金融の安定にとって唯一重要なことだとされていたが、今やその関係が逆転したということか、と評している。
*4:そのほか、金融システムまで責任を持つと金融政策が銀行寄りになるのではないか、という懸念については、金融部門の問題を考慮するのは金融政策から実体経済へのトランスミッションに与える悪影響において限りであり、銀行自身の問題はまた別の政策ツールで対応することになる、と述べている。