金融政策の分配効果

ケネス・ロゴフ中央銀行が格差拡大に対してできることには限界がある、という主旨のProject Syndicate論説を書いていたが(H/T 本石町日記さんツイート)、概ね同趣旨の表題のIMF論文をMostly Economicsが紹介している。論文の原題は「Distributional Effects of Monetary Policy」で、著者はValentina Bonifacio、Luis Brandao-Marques、Nina T Budina、Balazs Csonto、Chiara Fratto、Philipp Engler、Davide Furceri、Deniz O Igan、Rui Mano、Machiko Narita、Murad Omoev、Gurnain Kaur Pasricha、Helene Poirson Ward。
以下はその要旨。

As central banks across the globe have responded to the COVID-19 shock by rounds of extensive monetary loosening, concerns about their inequality impact have grown. But rising inequality has multiple causes and its relationship with monetary policy is complex. This paper highlights the channels through which monetary policy easing affect income and wealth distribution, and presents some quantitative findings about their importance. Key takeaways are: (i) central banks should remain focused on macro stability while continuing to improve public communications about distributional effects of monetary policy, and (ii) supportive fiscal policies and structural reforms can improve macroeconomic and distributional outcomes.
(拙訳)
世界の中央銀行がCOVID-19ショックに対応して大規模な金融緩和策を何度も実施したことに伴い、それによる格差拡大への影響に対する懸念が広まった。しかし格差拡大には複数の原因があり、金融政策との関係は複雑である。本稿は、金融緩和策が所得と資産の分配に影響する経路に焦点を当て、その重要性に関する幾つかの定量的な発見を提示する。主な結果は、(i)中銀はマクロ経済の安定に力点を置き続けるべきであるが、同時に金融政策の分配効果に関する国民へのコミュニケーションを改善し続けるべきである、(ii)財政政策と構造改革による支援はマクロ経済と分配の帰趨を改善することができる。

以下は本文中の従来の研究結果をまとめた図。
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これについては以下の3点がポイントとして挙げられている。

  1. 各国の趨勢的な格差の推移に比べれば、ネットの分配効果は小さい
  2. 金融緩和は中期的な所得と消費の格差を広げるのではなくむしろ縮める可能性がある*1
  3. 短期的には、資産格差、そしておそらくは所得格差も金融緩和によって拡大する可能性がある

同時に、以下の3点が注釈として付けられている。

  1. 実証研究の中には政策金利引き下げが所得格差拡大をもたらしたことを示すものもあるが、その中には外生的な金融政策行動と経済状況への体系的な反応を同時に捉えているものもある。
  2. ミクロシミュレーションは部分均衡効果だけを捉えている。
  3. 国によって話は違ってくる。

結論部では、非伝統的な金融政策の効果はまだ十分に把握されておらず、しかもコロナ対策の前例のない金融政策の分配効果はこれまでとまた違うかもしれない、という注釈が書かれている。

*1:結論部では、金融政策は主に労働所得経路を通じて所得格差を縮小する、と記述されている。